【書籍版12月発売】機械音痴な幼馴染が我が家でリモート授業を受けているのは、ここだけの秘密。

秋月月日

プロローグ①

 昼休み。

 今日も、文月重音は教室の隅で一人、本を読んでいる。


「…………」


 廊下側の席でお弁当を食べながら送っている私の視線に、彼は気付く素振りすら見せない。教科書で顔を隠しながら盗み見しているし、気づかれないのもしょうがないと思うけど……正直、すごく寂しい。

 彼と私は幼馴染みだ。

 昔は、毎日公園で日が暮れるまで遊ぶぐらい、すごく仲良しだった。



『まだ帰りたくない……』


『そんなこと言っても、もう暗くなってるぞ?』


『まだ全然明るい。重音の顔も見えるから、大丈夫』


『俺の方はあんまり見えてないんだけど』


『こうしたら、見える?(ずいっ)』


『わっ! い、いきなり近づくなって! びっくりするなもう……』


『見辛いなら、見える距離でできる遊びをすればいい。何しよっか?』


『いや、だからもう帰るって言ってんだろ。門限はとっくに過ぎてるんだし』


『がーん。……重音は、私と遊びたくないの?』


『遊びたくないとかいう話じゃなくて、もう暗いからさ……』


『わかってる、けど……私はまだ、重音と一緒にいたい……』


『……はぁ。じゃあ、あと一時間だけだぞー』


『いいの?』


『いいよ。俺もまだ遊び足りない気分ではあるし』


『ありがとう……っ!』



 昔の私たちに想いを馳せてみる。

 お母さんを幼い頃に亡くして、お父さんと二人きりだった私。お父さんは家計を支えるために夜遅くまで働いていたから、私は家に帰っても一人だった。

 だからまだ帰りたくないって……ううん、それはあくまでも建前。

 重音ともっと一緒にいたいから、私は彼にいつも我儘を言っていた。

 その度に重音は呆れた顔をしつつも、私が満足するまで一緒に遊んでくれた。

 でも今は、挨拶どころか言葉を交わすことすらしないぐらい、疎遠になっちゃってる。


(どうして、こうなっちゃったんだろう)


 小学校も中学校も一緒で、高校も一緒のところに通うことになった。

 だから、重音と私はずっと一緒にいると思ってた。

 高校だけじゃなくて、その先もずっと一緒に……。

 

 でも、それは叶わなかった。

 きっかけなんて分からない。

 ある日突然、重音が私から距離を取り始めた。

 ……もしかして、私が我儘を言い過ぎたから、嫌われちゃったのかな?


 重音がそんなことをするような人じゃないって分かっているはずなのに、一抹の不安が私の胸を燻ぶってしまう。

 直接、重音に聞けばいいだけのことだ。

 でも、私には、それをするだけの勇気が足りていない。


(今日こそ、重音と話したいな……)


 私は人と話すのが苦手だ。どうやって話を切り出せばいいのか全然分からない。

 だからせめてタイミングを窺おうと、こうして毎日、重音を盗み見してる。


「っ」


 私の視線に気づいたのか、重音がこっちを見てきた。

 たったそれだけのことなのに、胸が高鳴ってしまう。


(ど、どうしようっ)


 せっかく目が合ったのに、びっくりしちゃって、つい視線を逸らしてしまう。


(む、無視したと思われちゃうかも……)


 ゆっくりと彼の方へ視線を戻してみる。

 重音の瞳は、すでに本の方へと向けられていた。

 さっきまで高鳴っていた胸が、一瞬で締め付けられてしまう。

 重音と話したい。昔みたいに仲良くしたい。

 たったそれだけの願いが叶わなくて、どうしようもなく悲しくなっちゃう。


(大丈夫。まだ、今日は終わってない……)


 チャンスはある。

 もう一年ぐらい失敗続きだけど、今日こそは、きっと上手くいく。

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