第10話 贄

儀式用の“教団”のローブを身に纏った“大司教”がねじくれた長い杖を手に呪文を詠唱している。

既にトランス状態のなのか顔には恍惚とした表情が浮かんでいた。


“大司教”の前に設置された祭壇には供物らしい何やらおぞましい品々と共に全裸のアンナが横たえられていた。


汚れなき乙女の瑞々しい肢体に恨みがましい眼を向けながら呪文を唱える平の教団員が数名…真面目に呪文を詠唱せえや!


カッ

魔導人形オートマタが置かれた魔法陣が光を発した。

白く輝く光ではない、赤黒い地獄の炎のような光だ。

赤黒く光る魔法陣を目にしてより一層呪文を詠唱する声が高まる。


~side 社長~


『おかしい、アンナが何処にも居ない…』

地下アジトの最奥から脱出して来た私は村娘のアンナを探していた。


普段監禁されている牢にも、よく手伝っている厨房にも、私やヒルデガルドの部屋にも姿がない。


「やっぱり、しゃちょ~は若い娘が良いの?」

『いや、あの娘を置いてきぼりにするのも可哀想だろ』

「二人きりの逃避行の方がいいのに…」

ヒルデガルド、お前、何から逃げるつもりだ、現実から逃げてないか?


~side 教団~


「大司教様…」

祭壇に向けて祈りを捧げる“大司教”の側に“司祭”が近寄り、両手に捧げ持った短剣を差し出す。


布に包まれた短剣を杖を持っていない方の手でその布を剥いでいく。

布の下からは刀身が黒い儀式用のクリスナイフが姿を表す。

幾人もの血を吸ってきたと思しき禍々しい短剣の柄を“大司教”の骨と皮のようになった指が握った。


“大司教”の眼前には薬で眠らされたアンナが生まれたままの姿で横たわっている。

「【魔王】様、偉大なる御方の下僕たる我らが用意せし寄り代に降臨したまへ…」

トランス状態の“大司教”が呪文のように呟く。

「我らの捧げし贄を糧にその御霊を宿したまへ…」

“大司教”がクリスナイフを振り上げた。


ドーン

【魔王】復活の『儀式』を行っていた広間の扉が吹っ飛んだ。


『お前ら、アンナを!』

赤と金色に塗られた甲冑を着た“社長”が広間に飛び込む。


サクッ

“大司教”は躊躇する事なく短剣クリスナイフをアンナの心臓に突き刺した。


『えっ?』


ごふっ

意識の無いアンナの口から鮮血が一筋流れる。

『くっそおおおー!』


「【魔王】様の復活の為の大事な『儀式』を少々邪魔が入ったくらいで中断するとでも思ったのか?」

“大司教”が嘲笑う。


ポウッ

“社長”はアーマーの右手のガントレットを“大司教”に向けるとその手のひらから光弾を発射した。


「ぐっ、わしが死んでも、もはや【魔王】様の復活は止められん…」

腹に風穴を開けられた“大司教”は捨て台詞を遺してくずおれた。


『ヒルデガルド、魔法薬ポーションをアンナに!』

「ダメ、即死してるわ、魂が既に身体から抜け出してる」

愛用の死霊術師ネクロマンサーの杖を手にしたヒルデガルドが首を横に振る。


ゴゴゴゴゴ

禍々しい魔法陣が脈打つように輝きを増す。

“教団”の連中は“大司教”が殺されたというのに微動だにせず、一心不乱に祈りを捧げている。


『ヒルデガルド、このままだと【魔王】が復活してしまうぞ!』

「あっ、しゃちょ~、魔導人形オートマタをアンナの魂の寄り代にすれば良いんじゃない……うん、出来た♪」

ヒルデガルドの杖の一振りで【魔王】の復活は阻止された、なんか知らんけど…


※第0話に戻る。

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