魔法の入浴剤

「なるほど、これは気持ちいいな」

 風呂場で一人、思わずそう呟いてしまった。粉状で淡いピンク色の入浴剤だったが、湯舟に入れるとお湯一面は瞬く間に濃いピンクとなった。それはハンカチを入れれば藍染のように色が染まるのではないかと思うほどだった。

 

 久々に会った友人は少し顔つきが変わっていて、やつれたというよりも、なんだか全体的にふやけたような顔をしていた。彼は俺を見るなりすぐにこの入浴剤を渡してきた。

「これは今一番嫌なことを忘れられる入浴剤さ。俺もこれを使うおかげでなんとか生きてこれているんだ」

 なにか変な宗教にでも入ったのだろうか。彼は話をつづけた。

「これで一回分だ。それにしても大変だな。まあなんとかなるさ。仕事ならすぐ見つかるだろうし」


 彼は俺に金銭を要求することなくその小袋を置いていった。怪しさしかなかったが、すがるもののない俺は今こうして湯舟に浸かっている。

 入って五分ほど経過したところで、なんだか前向きな気持ちになっていることに気が付いた。

 

 そうだ。仕事なんていつでも見つかるさ。こんなところで挫けてなんかいられない。俺には妻と娘がいる。二人を養わなくてはならないんだ。


 俺はまだ妻にリストラされたことを話していなかった。リビングに戻ったら、打ち明けよう。妻ならきっと言ってくれるはずだ。一緒に頑張ろうと。それとせっかく大きな休みともいえるものが出来たのだから、娘ともたくさん遊んでやろう。


 俺は湯舟から上がった。着替えて火照った体を冷まし、意を決してリビングへと向かった。

 

 リビングのドアを開けた途端、嫌な悪寒が走った。生気のない冷たい風が暗いリビングの中から俺を通って廊下へと吹き抜けた。



 そうだ。俺はを忘れていた。

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