電車の女

 ここ一年、私は毎朝電車で一人の女性と乗り合わせる。平日の朝の電車ならそのぐらいのことはありそうだし、最初は気にも留めていなかった。


 しかし半年前、彼女の服装に一向に変化がないことに気がついた時、私は彼女を強く意識するようになった。

 寒い時は上着を着ていることもあったが、彼女は決まって真っ白な服にスカートだ。

 彼女は私よりも前の駅で乗車しているようで、私が乗り込むと彼女は辞書のように分厚い本や、教科書のように大きい読み物を広げていることが多かった。

 私はいつか彼女に話しかけようと思っていた。しかしいかんせん女性と話すのは苦手だった。ましてや電車で毎朝乗り合わせるだけの赤の他人に話しかけるなんて、ただのナンパではないか。そんな風に誤解はされたくはない。私は彼女を女性として見ているのではなく、人間として生物学的な興味を持っているのだ。

 いつも一体何を読んでいるのか。

 なぜ毎日同じ服なのか。その服装は何着も同じものを持っていてローテーションしているのか。

 休みの日は何をしているのか。

 彼女に対する質問の数々は開きっぱなしの水道のようにとめどなく溢れ出てきた。

 しかしいつ話しかけようか。向こうから話しかけてはくれないだろうか。毎朝乗り合わせているのだから、きっと彼女も私の事を認知しているはずだ。しかし私には特徴がない。そこで、私はなるべく彼女の近くに行くようにしてみた。

 今までは同じ4号車の中というだけで、車両の端から彼女の様子をちらちらと伺うことしか出来なかったが、距離を近づければ彼女との接点が生まれるのではないかと考えた。


 ある朝、いつものように電車に乗り込むと、彼女は珍しく席に座っていた。私は少しでも近づこうと勇気を出し彼女の前に立ってみた。するとなんと彼女は私をじっと見てきたのだ。話しかけるなら今しかない。

「毎朝この電車に乗ってますよね」

 そう言おうと口を開いた。しかしその拍子に彼女は手にしていた何か紋章のようなものが入った紺色のバックと共に立ち上がり、私に向かってこう言った。


「おじいさん、良かったら座ってください」



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ショートショート集 「不思議で身近な世界のはなし」 畔 黒白 @Abekenn

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