344:小悪魔優希くん降臨

「「優希くん」」


 二人の声が両耳から聞こえる。


「どう⋯⋯かな」

「優希くん、とっても温かいです」


 耳元でそう囁いてくる二人。僕は声を出そうと思ったけれど、二人に完全に挟まれる形になってしまい、身動きが取れない。


 強く抱きしめられているわけではないけど、かなり息苦しい感じになっている。


 右を向いても左を向いても薫さんと華さんが正面にいて、顔をどこに向ければいいかわからない。


「優希くん、ドキドキしてるんだね⋯⋯」

「ふふっ、可愛いですね」


 僕の胸の辺りを触れている薫さんが僕の心臓の鼓動に気付いたのか、僕がドキドキしていることがバレてしまう。僕は華さんの胸に顔を埋める形になっていて、顔越しに華さんの鼓動を感じてしまう。ふわふわとしていて、でも、心臓がどくどくと早く動いているのが分かる。


 それに余裕そうに見える華さんが実はすごくドキドキしているのも分かってしまって、そのギャップを僕だけが知っているっていうのもなんだかいけない気分に。


「(って冷静に考えたらこの状況はやばいよ!?)」


 息苦しいとか言ってる場合じゃないよね!?


「おぉー、凄い大胆なの。羨ましいの」


 綾乃さんは完全に他人事って感じで僕の様子を見ながらホクホクしてるしなんかズルいよ!


 そう考えているうちに、僕を包む温かさが強くなっていくのを感じた。


 二人とも、恥ずかしいからか体温が明らかに上がっている気がする。


 そのせいもあってか、なんだか凄く心地良い。


「優希くん?どうかしたの?」

「早く、トランス状態になってくださいね?

 あっ、でもトランスにならない練習をしないといけないんでしたっけ」


 二人は僕の動きから何かあったのか判断しているようだけど、僕自身も今の状況に緊張しすぎて、まともに思考出来ないし、体も動かない。


 二人が僕のことを好きって言うのは知ってる。

 でも、この状況で僕はどうすれば正解なのかな。


 思考もどんどん変な方向に向かっていくし、どうすれば⋯⋯


 思考が深まっていくにつれ、僕の意識は朦朧としていく。


 ⋯⋯もう、考えるのも難しいかも。



「あれ?」

「なんか優希くんの体から力が抜けたような⋯⋯」


 私達はおそるおそる優希くんを抱きしめていた力を抜くと、優希くんの顔が現れる。


 その表情は少し焦点が合っていないような気もするけど、なんだか様子がおかしい。


『華お姉ちゃん⋯⋯』


「ひゃ、ひゃい!?」

『僕が動けないからって、こんな風にして⋯⋯悪いお姉ちゃんだね』


 そう言いながら私を押し倒す優希くん。呼び方こそゆかちゃんモードだけど声は完全に優希くん。な、何かがおかしいです。


「ふぇ!?えぇ!?」

『そんなお姉ちゃんには⋯⋯お仕置きが必要だよね?』

「おしおき⋯⋯?」

『お姉ちゃんが欲しいのは⋯⋯』


 そう言いながら私の顔に近付いてくる優希くん。


「あの、あのあのあのあの⋯⋯」


 もうすぐ唇が触れるかどうかって所まで⋯⋯優希くんの顔が⋯⋯


 ふにゅっと何かの感触が唇に当たる。


『ふふっ、冗談だよ』


 小悪魔的な表情の優希くんが指を私の口に当てながらそう私の耳元で囁く。


『これ以上は⋯⋯またね?』

「うぐっ」


 色気しか感じない優希くんの声に私の許容出来るラインを大幅に超えてしまいます。


 あぁ⋯⋯だめ⋯⋯もう少しだけでもこの小悪魔系王子様みたいな優希くんを⋯⋯


『おやすみ、お姉ちゃん』


 あ“ッ、む”り“ッ“!”



「ゆ、優希くん⋯⋯?」


 華さんが一瞬で持っていかれた。今回のトランスは普通じゃない。


『次は、薫さんだね』

「ゆ、優希くん落ち着いて!?」

『薫さんはこうなるのを期待してたんでしょ?』

「い、いや、そういうわけじゃ⋯⋯」

『本当?』


 優希くんは真っ直ぐこちらを見ながら私に問いかける。


『じゃあ⋯⋯何もしなくていい?』

「何⋯⋯も?」


 私は思わず聞き返してしまった。


『ふふっ、気になるんだ』

「ち、違っ」

『いいよ、やってあげる』

『薫さんがしたいコト、僕に教えてくれるかな?』


 それは悪魔の提案。今の優希くんなら文字通りなんでもやってくれそうな雰囲気を感じる。


 でも変なことを言えば、間違いなく好感度は下がる気がする。


「え、えっと⋯⋯」

「こ、これからもその、そ、側にいて欲しい⋯⋯かな」


 私の答えはこれ。これならきっと、丸く収まるし嘘も言ってない。


『ふーん⋯⋯本当にそれが薫さんの本心?』

『僕は知ってるよ。薫さんが僕とシたいこと』

「ッ!?」


 そう言いながら優希くんは華さんにしたように私を押し倒す。


「ゆ、ゆきくっ!?」

『ね?素直になっちゃお?』

「わ、私⋯⋯私は⋯⋯」

『どうしたいのかな?』

「あ⋯⋯あっ⋯⋯」

「きゅう⋯⋯」

『あっ』

『ふふっ、今はこれで許してあげる』



「あわわわわわなの」


 二人が一瞬で溶かされたの。一撃の威力が高いスナイパーライフルでヘッドショットを一撃で出しまくるような光景が目の前で繰り広げられていて、完全に地獄絵図なの。


 ぼ、ぼくに飛び火して欲しいような、して欲しくないような、とても迷うの。


『次は⋯⋯綾乃ちゃんだね』


 呼び方まで変わってるの!?


『今日は色々と、やってくれた悪い子さん⋯⋯お仕置きが必要、だよね?』

「あわわわわ⋯⋯」


 これは絶対薄い本的なやつなの!

 このあと気絶した二人の前でめちゃくちゃな目に遭わされちゃうやつなの!


 うおおおおおおおお!!!燃えて来たのおおおお!!!!


『お仕置き⋯⋯始めるよ?』


 ぼくは、普段と違う様子の優希くんの声に頷く事しか出来なかったの。


「⋯⋯あれ?」


 でも、待っても何も来ないの。


『ふふっ、何をされると思ったのかな?』


 少しニヤッとした表情で優希くんはぼくを見ているの。


「い、いや、何も思ってないの」

『ふふっ、目が泳いでるよ?』

「き、気のせいなの」

『嘘を吐く悪い子は⋯⋯』


 そう言いながら優希くんはぼくの耳元で囁くの。


『お仕置きだね』


 あっ、これだめなやつなの。



「な“の”お“お”お“!”」


 声が聞こえます。

 呻き声のような変な声が。


「んっ、私⋯⋯一瞬で⋯⋯」


 目を開けると、目の前にヤバい光景が広がっていました。


『よしよし、綾乃ちゃん』


 優希くんが膝の上に綾乃ちゃんを乗せながら耳元でずっと囁き続けています。


 でも軽くハグしているだけで、耳元で囁くだけ。


 なのに綾乃ちゃんの目が完全にキマってますねあれ。


『あっ、華お姉ちゃん起きたんだね』

「あっ」


 次の獲物を見つけたように舌舐めずりをする優希くん。


 ヤバい。そう私の直感が囁きます。


 ですが、今の優希くんを止める事なんて⋯⋯出来ませんでした。

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