246:記憶も飛ぶ料理

「⋯⋯」


 更衣室で着替えながら僕は考えていた。


「どうして⋯⋯」


 本気を出してイベントに臨んだのは良い。


「どうして⋯⋯優勝しちゃうかな⋯⋯」


 審査員の話や会場のお客さんの反応を見る感じ、明らかに可愛さだとかその辺りが理由だったように見えた。


 実際先輩は綺麗だし、衣装も非常に可愛い物だったけれど、僕自身も可愛い扱いされているのはあの光景を見れば明らかだった。


「しかも優勝の決め手が⋯⋯おでことは言え⋯⋯き、キスなんて⋯⋯」


 僕としては演出として先輩があれをやったのは分かる。


 でも、気軽にそんな事が出来るほど先輩は軽い人じゃないって事はなんとなくわかるんだ。


 先輩自身もそう言ってたし。


「⋯⋯僕はどうすれば良いんだろ」


 華さんと恵ちゃんは置いておいて、少なくとも、薫さんと先輩からのアピールは日に日に大きくなってきている気がする。


「⋯⋯でも、まだそう言う事を考えるのは早いのかな」


 逃げだとは分かってはいるけれど、僕には二人の気持ちが分かるわけでも無いし、いつも通りにしていればいいのかな⋯⋯それに僕の勘違いだった時が凄く恥ずかしいし。



「先輩お待たせしました!」

「わたしもさっき来た所だから大丈夫だよ!」


 僕は先輩と合流すると、先輩も丁度さっき来た所だったみたい。


 本当に待たせて無いかは不安だけど、先輩の様子を見ている限りは大丈夫そうかな?


「それじゃ、せっかくの東京だから何か美味しい物でも食べてホテルに帰ろっか」

「はい!」


 今日移動してもよかったんだけど、帰ると時間が結構ギリギリになってしまうのもあって、今日まで東京に泊まる事になっていた。


 だから先輩は一緒にご飯を食べようかって誘ってくれているんだけど、僕はこの辺りについて全然詳しく無いから、先輩頼りになっちゃうのがちょっと申し訳無いな。


「優希くん、そういえばこの辺に美味しいって聞いたお店があるんだけど、イタリアンとフレンチのお店どっちが良い? もしくは食べたい物があったら教えて欲しいな!」

「イタリアンかフレンチだったら⋯⋯フレンチがちょっと気になります!」


 イタリアンは自分で作るけど、フレンチはあんまり食べた記憶も無いし、ちょっと気になるかも。


「うん! じゃあ行ってみようか!」

「はい!」

「あっ、でもその前に今から行っても大丈夫か聞いてみなきゃ⋯⋯」


 そして先輩が電話をすると、今日は予約も入っていないらしく今からでもOKとの事で、僕達はフレンチのお店に向かう事になった。


「せ、先輩?」

「どうしたの、優希くん」


 先輩が連れて来てくれたお店は見るからに高級店と言った雰囲気で、ドレスコードとか大丈夫なのか不安になってきちゃった。


「あの、こ、こんな所僕が入って大丈夫ですかね⋯⋯?」

「あー、もしかしてドレスコード気にしてるのかな?」

「えっと、その、ちゃんとした格好じゃ無いですし⋯⋯」

「ふふっ、心配いらないよ。

 ここ結構隠れ家的なお店で、それに完全個室なんだよね。

 だからここならドレスコード気にせず美味しいフレンチが食べられるんだよ」

「なるほど⋯⋯」


 それなら安心して食べられるかな?


「あの、先輩⋯⋯」

「どうかしたの?」

「テーブルマナーとかも全然なんですけど、大丈夫ですかね⋯⋯?」

「あははっ、個室なんだから気にしないで良いと思うよ?」

「そ、そうですかね⋯⋯?」

「そうそう! 気にしすぎても美味しくないし!」

「うぅ⋯⋯前のイタリアンもでしたけどこう言うお店は緊張します⋯⋯」

「わたしもそんなに行かないけど、そこまでは緊張しないかな⋯⋯?」

「先輩凄いです⋯⋯」


 そんな話をしていると先に前菜が運ばれて来た——


「ごちそうさまでした」

「ご、ごちそうさまでした!」


 と思ったら、料理のあまりにもの美味しさに思わず記憶を失ってしまった。


 前菜から最後の方までなんて名前だったのか覚えていないけれど、妙に名前が長かったのだけは覚えている。


 ラストのデザート、チョコレートとベリーのアイスくらいは分かったけれど、正直美味しかった以外の記憶が全然無いんだよね。


 お会計を済ませてホテルへ戻る最中、先輩があれ美味しかったよねと料理名を出して来たけどピンと来なかったのはここだけの話。



 ホテルへ戻り、次の日の朝になり僕達は名古屋へ戻る日に。


 先輩はお昼過ぎから撮影の予定があるらしく、観光している余裕は無いんだって。


 かと言って僕ももう用事がある訳では無いから、先輩と一緒に帰る事にした。


「ねぇ優希くん、来月の本戦楽しみだね!」

「そうですね! 緊張しますけど、楽しみです!」

「本当優希くんは緊張しまくりだね、本番だとあんなに頼りになるのに」

「そ、そうですか? 僕なんてずっと不安ですよ?」

「結構堂々としてたと思うけど⋯⋯」


 先輩はそう言うけど、かなり緊張してるんだけどなぁ⋯⋯やっぱり、自己暗示のせいなのかな?


 お父さんには多用はやめた方が良いとは言われてるけど、緊張を隠したりする為には必須とも言えるからどうしようもなかったり。


「ま、まぁ本番では出来る限りやるつもりなので、優勝目指してみたいです!」

「⋯⋯そうだね!」


 そして楽しく話をしていると電車ももう名古屋へ到着してしまい、駅で先輩と別れる事に。


「それじゃ優希くんまたね!」

「はい! 先輩もお疲れ様です!」


 そして先輩と別れ家に戻ってくると、僕の下に一つのメールが届いた。


「あれ? 薫さんからだ」

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