139:冬コミ二日目!(その後)
「優希くん、お待たせしました!」
華さんがお会計を済ませ、僕にそう言ってきた。
僕も払うって言ったんだけど、頑なに断られちゃったんだよね。
「本当に良かったんですか?」
僕はどうしても気になってしまい、華さんにもう一度確認のためにそう聞いた。
「だから気にしなくて大丈夫です!
それに金額にしたら二人で二千円くらいのものだから大したこと無いですよ?」
そう笑いながら言う華さん。
学生からすると二千円は結構大きいんだけど⋯⋯
最近僕もVtuberの活動のお陰でお財布には余裕があるから⋯⋯と言うかそのうちの結構な金額が華さんからだったような⋯⋯
「ならいいんですけど⋯⋯何か悪い気がして⋯⋯」
「それ言ったら私なんてずっと優希くん抱っこさせてもらってたから二千円どころか何万円でも出したい気分ですけど?」
さらっととんでもない事を言う華さん。
「なっ!? 何万って⋯⋯僕にそこまでの価値は無いですよ!?」
「優希くんは分かってないです、分かってないですよ! 優希くんほどの可愛い男の子を抱きしめられるならいくらだしても構わないって人絶対居ますよ、私がそうですもん!」
華さんは口早にそう捲し立ててくるんだけど、そんなにやばい人ごろごろしてるわけ⋯⋯ないよね?
「あれ、でも華さんって可愛い女の子も好きじゃなかったですか?」
「最近心境の変化と言いますか、何と言いますか⋯⋯もう優希くんじゃないと満足出来なくなったと言いますか⋯⋯」
僕がかつての華さんの事を思い出して聞いてみると、依存症にかかった人が言いそうな返事が返ってきた。
「あの、まるで僕をキメてるみたいな言い方ですよね!?」
「似たようなものだと思いますけど⋯⋯」
僕をまるでそんな怪しいお薬みたいに言わないで欲しいかなぁ!?
「僕はそんなヤバいお薬じゃないんですから......」
「うーん、ある意味そういう薬に似た作用があると私は思います⋯⋯抱きしめてた時物凄い幸福感が私を包みましたし、もはやお薬⋯⋯?」
「絶対違いますからね!?」
「まぁまぁ、それくらい優希くんが可愛いって事ですよ! あっ、でも長期間会えないと寂しくなるから依存性もあるかもしれません⋯⋯」
華さんは僕をフォローするつもりで言ってくれてるんだろうけど、僕は男であって女の子じゃないから可愛いって言われても嬉しくなんてない⋯⋯よね?うん。
と言うか、依存性まであるって言ってた気がするけど、気のせいだよね?
「とりあえず、そんな事は置いておいて!
お腹減ってこないかな、優希くん!」
「た、確かに、お腹は空いてきましたね⋯⋯」
「だったらご飯食べに行こっか!」
「良いですよ!」
僕がそう返すと、華さんはスマホを少しポチポチといじり始め、どこかにメッセージを送っていた。
「そうだ、優希くんは何か食べたい物とかありますか?」
華さんは僕にそう聞いてきた。
「うーん、特にこれって言うのは無いですけど⋯⋯」
「だったらおすすめのお店とかでも大丈夫です?」
「はい!大丈夫ですよ!」
「じゃあお寿司でも行きましょうか!」
そして僕が大丈夫と返事をすると、華さんはスマホで誰かにメッセージを送った。
その後、華さんは僕を連れて目的のお店まで歩いていった。
♢
「あっ、よかった、ちゃんとメッセージはくれたみたいね⋯⋯」
私の名前は三葉。
浮雲ふわりこと空木華ちゃんのマネージャーを務めさせてもらっているわ。
そしてそんな私がさっきまで焦っていた理由、それは——
「なーんでいきなりゆかちゃんとオフコラボとか始めるのかしら!!」
本当死ぬほど焦ったわよ。
というか華ちゃんよりもゆかちゃんの中のあの男の子の方が心配だったんだけど。
「よくよく考えたら普通、逆よね」
そしてメッセージを改めて読んでみるとどうやら、私も知っている美味しいあのお寿司屋さんにあの子を連れていってあげたいから迎え来てくれるならそこでお願いしたいと言った旨のメッセージだった。
「良かった、ちゃんと理性は残っていたみたいね」
あの配信の後だと取り返しのつかない事態が起こっていても不思議じゃ無かったし、不安でしかなかったわ。
「それじゃ、準備だけしておくとしますか」
私は彼女たちを迎えに行く準備をし始めた。
♢
僕は華さんに連れられて、おすすめのお寿司屋さんに到着した。
そのお店は飾り気の無い、いかにも昔からあるような渋い雰囲気のお店だった。
「あ、あの、華さん?」
「どうかした? 優希くん」
僕はお店の前で恐る恐る華さんに声をかけた。
「あの、このお店って俗に言う回らないお寿司屋さんってやつじゃ⋯⋯?」
「そうですよ、でもここすっっっごく美味しいですからきっと満足してくれると思います!」
とても良い笑顔でそう言われると期待感も増すけど、その、あくまで高校生の僕が行くには少々、お高いお店なような気がするんだけど⋯⋯
「で、でもここってお高いお店ですよね?僕絶対場違いですよね?」
「そんな事気にしてたんですかー? やっぱり優希くんは可愛いですねぇ」
そう言いながら僕の頭を撫でる華さん。
恥ずかしさと、何かいけない場所に来たんじゃ無いかと言う背徳感が僕を襲う。
「ドレスコードとかがあるようなお店じゃないし、気にしなくても大丈夫ですよー」
「いや、そう言う問題じゃなくてですね⋯⋯」
「いいんです、いいんです!!折角の美味しいお寿司の味が分からなくなっちゃいますから、気にしないで、好きなの食べてくださいね!」
「は、はい⋯⋯」
僕は華さんに勧められるがまま、お店の中に入っていった。
お寿司の味は本当に美味しくて、全てのお寿司が今まで食べて来たものとは全然違った。
お寿司は板前さんに注文するスタイルで好きなネタを言っていく。
最初は鯛とかの白身系がおすすめって聞いたことあるから試しにそれに沿って、鯛を頼んでみた。
「白身魚ってこんなに食感しっかり感じるものだったんですね!」
「ですよね、私も初めて食べた時はびっくりしましたよ」
僕は最初に板前さんが出してくれた鯛のお寿司を食べて思わず顔がほころんでいた。
それからも好きなお寿司のネタを頼んで食べていたけれど、華さんが僕を見て言った。
「ふふっ優希くん、本当に美味しそうに食べるね?」
「だって、美味しいものは美味しいんですもん!」
僕は本音でそう言うと——
「優希くんの口に合うかわからないけど、これも美味しいよ!」
そう言って、華さんが自分で頼んでいたヒラメのえんがわを僕に渡してきた、お箸で。
「はいどうぞ、あーん!」
「あー、んっ⋯⋯お、美味しいです⋯⋯」
えんがわはあまり食べたことがなかったけど、白身魚っぽいのにこりっとしてる上に旨みがぎゅーっと詰まっていた。
最初は上がったテンションのまま食べた僕だったけど、華さんの使っている箸を見てある事に気が付いた。
「(あれ?これって⋯⋯間接キス⋯⋯?)」
華さんも僕の目線に気付きあっと声を出して顔を赤くしていた。
あれ?どこかでこの光景見たような⋯⋯?
「ご、ごめんね優希くん」
「だ、大丈夫⋯⋯です」
そこからはどこかなんとも言えない雰囲気になり、お腹が膨れた僕達はお店を出た。
ただ、本当にあるとは思わなかったよ⋯⋯お寿司の値段書いてないお店って⋯⋯
「ゆ、優希くん、お寿司は美味しかったですか?」
「は! はい! 凄く美味しかったです!」
僕がそう言うと華さんは嬉しそうに笑った。
「それは良かったです!」
「でも、その、いくらするのか分からないお寿司なんて初めてで⋯⋯」
僕が不安気な声を出して華さんに聞くと、華さんはなんて事ない様子で僕に答えた。
「優希くん、なんでああいうお店が値段を出してないか知ってますか?」
「なんで、ですか?」
僕は全く分からなかったので華さんに聞き返してみた。
「それはね、時価だからって言うのもあるんだけど、大切なお客さんをおもてなししたい時とかに値段を気にせずに食べて欲しかったりって言う思いもあるんだよ」
「大切な、お客さん?」
僕が意味を理解出来ずにいると、華さんが続けて言った。
「そう、私にとっての優希くんみたいな人、いくらか分かったら、絶対気にして味なんて分からなくなりますよね?」
「うっ、否定できません⋯⋯」
「だから私はここに連れてきたかったんです、前焼肉一緒に行った時ちょっと気にしてましたよね?」
意外と僕のことをしっかりと見ていたんだな、と思うと少し恥ずかしくて顔が熱くなるのを感じていた。
「は、はい⋯⋯」
「優希くん、顔真っ赤になってますよ?
もしかして、意外と細かいところまで覚えられてて、恥ずかしかったですか?」
図星を突かれて、僕はもう顔が真っ赤になっていた。
「はーい、華ちゃーん?」
突然女の人の声が聞こえたと思うと道路に止まっていた車から声が聞こえてきた。
「そ、その声は!? ま、マネージャーさん⋯⋯」
華さんがそう言うと、前に名古屋で会ったことのある華さんのマネージャーさんが車に乗ってこちらを見ていた。
「何よ、その言い方は。 イチャイチャしてるのもいいけど、邪魔になっちゃうから早く乗ってもらえるかしら?」
「⋯⋯はーい」
「あ、ありがとうございます!」
僕はこの瞬間、マネージャーさんに物凄く感謝した。
恥ずかしくて、死ぬかと思ったもん。
そして僕と華さんを乗せたマネージャーさんは僕をホテルへ送ってくれて、僕はホテルへ無事に戻ってきた。
なんだか、とても濃い一日だったなぁ。
♢
「華ちゃん、どうだった?」
「最高でした!!!!」
私はマネージャーさんの問いに答えた。
「それで?あのお寿司屋さんでいくら使ったのよ?」
マネージャーさんに言われ私は観念してその金額を伝える事にした。
「言っても二人で三万円ですよ?」
「あら、結構安めだったのね。」
「流石に一人で五万とかの場所連れてったら優希くん、萎縮して味もわからなくなっちゃいますよ? あの辺のレベルだとお店にいる人の雰囲気もなんだか凄いですし」
「まぁ、私もそのレベル連れてかれたら味なんて分からないわね」
時価のお店って言われるお店は結構値段にばらつきがあるけれど、いまなんじの関係で知り合った人に教えてもらったあのお店は、かなりレベルの高いネタをそれなりの値段で楽しめるから、私はこういった特別な日に行く事にしていたんですが、優希くんは気に入ってくれたかな?
「また、今日みたいに会いたいな」
「すぐにって言うのは難しいでしょうね⋯⋯」
マネージャーさんはそう言った。
「やっぱりそうですよね、こういう時企業勢だとフットワークで勝てないんですよね⋯⋯」
どうしても企業って言うだけで活動時間に制限があったり、直接会いに行くことがあまり出来ないって言うのもあって、優希くんに会うとスキンシップが過剰になってしまう自分がいた。
「まぁ、仕方ないわよ」
「はぁ⋯⋯薫さんが羨ましいです⋯⋯」
私がそう呟いてみても、車はホテルへ向かい続け、ホテルに着いた私は自分の宿泊している部屋に戻っていった。
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