32:コミケ初日、その時あの2人は

 私は今激怒している。

 本来今日は私がイベントに出る日じゃなかったからだ。


 ちなみにイベントって言うのは、コミックマーケット、通称コミケと呼ばれる場所で行われるのだけど、Vtuber達は東京本社にある各部屋から参加予定だったり。


 ちなみに今日の私はオフでコミケに行く予定だったんだけど、ゆかちゃん達のブースも初日で行けると思ってウキウキだった。


 私たちいまなんじは企業ブースにてグッズの販売、更にSNSで応募してくれた人の中から抽選でブース内で開かれる特別イベントの招待券が貰えるというキャンペーンを行っている。


 その特別イベントがバーチャル握手会。

 ⋯⋯と言っても一人三分程度の雑談が出来るサービスのようなもの。

 各日十人の選ばれたVtuberの中で自分の推しを選択して抽選に応募。

 当日に企業ブースへ向かい推しに会うだけ。

 このイベントは時間の指定があるので忘れないようにするのも大事。


 そして私は二日目に参加予定だった。

 な!の!に!

「なんで私が急に1日目に移動になってるんですか!」

「本当に!本当にごめんなさい!」

 マネージャーさんが必死に謝ってきているけれど、ゆかちゃんのいるブースの本とボイスを買えないなんて流石に酷い!


「私何度も何度もルートの確認して、うぅ⋯⋯」

 思わず泣きそうになった。

「あなたの欲しかった新刊とシリアルコードはなんとかして手に入れるから!本当にお願い!」


「というかなんで私に伝えた日程と私との握手会の日付が違うんですか!!

 ⋯⋯一応、明日明後日は大丈夫ですよね?」

「それは大丈夫!約束するわ!」


「じゃあ新刊セットだけはなんとかして⋯⋯でも転売屋からだけは買わないでくださいね、それだけは徹底したいので。 手に入らなかったら私は恨みますけどね!」

「知り合いが現地参戦だから頼んでおくわ⋯⋯」


「頼みましたからね!

 じゃあ行ってきます⋯⋯」

「本当にごめんなさい!!!!」


「絶対ゆるさないもん!!!

 ⋯⋯でも来てくれてる人の為にも手は抜かないから大丈夫です。 これでも人気VTuberですし⋯⋯」

 そう言って私は用意された部屋へ入っていった。


♢(一ノ瀬遥視点)


 お盆休みを利用してわたしは初めてコミケに参戦する事にした。

 もちろん目的はゆかちゃん本とド本命であるゆかちゃんのASMRボイス!

 これを買わずして何を買うと言うのか!

 ただ、両親にはモデルのお仕事が東京であるからって誤魔化して来ちゃった。

 まぁ実際には明日にあるから!

 嘘では無いし!うん!

 一日早く来ちゃっただけだから!


 そしてわたしはネットで事前に情報を見て戦慄していた。

 今回の来場者数は100万人を見込んでいるとか。

 コミケってこんなに人が来るんだ⋯⋯


 でもわたしは負けない!

 絶対にゆかちゃん本を手に入れるんだ!


「あつい⋯⋯」

 わたしは今どこにいると思う?

 え?東京ビッグサイト?

 違う違う。


 地獄。

 太陽の光差し込む人混みの中という地獄。


「日焼けしちゃいけないからってこんな服着てこなければよかった⋯⋯」

 そう、モデルであるわたしに日焼けは厳禁。

 こんな時期でも長袖にロングスカート。

 もちろん腕や顔にも日焼け止めを塗ってダブルで保護。


「始発最速で来たのはいいけどわたしの体力保つかなぁ」

 会場が開くまでわたしは地獄で待機することになる。


 そして待つ事数時間、熱中症予防に大量の水分を持ってきていて本当によかったと思った。


 何故かって?

 わたしの近くで暑さを軽く見ていた人たちがバタバタと倒れたから。

 あれを見て予防の大切さを知ったよね。


 それと今の気温見て目が飛び出るかと思った。 何よ三十八度って、体温より高いよ。


 そんな事を言っていたら周りから突然拍手が巻き起こった。 何これ、よくわかんないけどわたしも拍手しとこ。


 それから列が前に進み始めた。

 やっと入れるんだ!

 でもこの汗臭くなってるわたしを見てもらうのはなんか嫌だな⋯⋯


 そして一時間以上かけて目的のゆる先生のブースへ到着。

 待ち人数もかなり多く、売り切れないか心配だけど、大丈夫かな。


 列の進みが思っていたよりも早くて三十分ほどでわたしの番になった。


 わたしの前にいるのはよくわからない女性。

 ゆる先生ではないみたいだけど誰なんだろう? 売り子さんって言う人かな?


「新刊セットぷらすを一つください!」

「はい!新刊セットぷらすを一つですね!千五百円になります!」

 わたしは用意していた千五百円を渡す。


「ありがとうございます!こちら新刊セットぷらす一つになります!」

「ありがとうございます!」


 るんるん気分でわたしは会場を後にした。

 流石にここに長時間いたら死んじゃうからね⋯⋯

 でもゆかちゃんに会ってみたかったなぁ⋯⋯

 写真だけ並んでる時にささっと撮ったけど、やっぱり近くで、出来れば目の前で撮りたいよね。


 そしてホテルに戻ったわたしはシャワーを浴びていざASMRボイスを聴く事にした。

 眠っても大丈夫なようにベッドでスマホを充電しながら聴こうかな。


 既にワクワクが止まらない。

 再生ボタンをぽちっと押すとゆかちゃんの声が聴こえてきた。


『お姉ちゃん、お疲れさま』

 ゆかちゃんの声が聴こえてきた。


『凄く疲れた顔してるけど、大丈夫?』

『えっ?一緒に寝たいの?どっちがお姉ちゃんかわからないね、これじゃ』

 ふふっと小声で笑うゆかちゃん。

 この時点で悶えそう。


『はいっ、こっちにどーぞ!』

 ふぁさっと布団を動かす音がする。

 まるで隣にゆかちゃんがいるような、そんな錯覚を覚えるわたし。


『いつもボクのためにお仕事頑張ってありがとね、お姉ちゃん』

『ボクにはこんな風にお姉ちゃんを癒してあげることしか出来なくてごめんね』


『くすぐったいよお姉ちゃん!』

 何をやってるのそっちのわたし!?


『そんな事無いって?なら、いいんだけど⋯⋯』

 髪の毛に触れるような音が聴こえる。

『いきなり頭撫でないでよお姉ちゃん、えへへ』

 どうやらゆかちゃんの頭を撫でる音だったようだ。

『でもありがとう、大好きだよお姉ちゃん♪』


 あ、もう無理死ぬ。


『そ、それじゃあお姉ちゃん、おやすみなさい!』

 慌てたように布団を被るそんな音がしたかと思えばゆかちゃんの息遣いが聴こえてくる。


『すぅ⋯⋯すぅ⋯⋯』

「すぅ⋯⋯すぅ⋯⋯」

 気付けばわたしもゆかちゃんに合わせて眠ってしまっていた。

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