木漏れ日の喧騒

「ん、僕らは地獄に来たんだっけ」


「かもしれない」


「実を言うと泣いて帰りたい」


「やめて反応に困る」


「…………はい」


 軽口風に本音を交わしながら、人の波を眺める。この中に紛れなくてはならないと思うと、もう本当にただただ嫌だ。


「じゃ、行こっか」


 そういう彼女に情けないほど首を横に振る僕。


「早く行こう? 奏大に構ってると日が暮れちゃうから」


 酷い言いようだ。ただ、あながち間違っていないのも事実で悲しい。実際に何度か日が暮れた。

 僕は渋々彼女に着いて歩く。いや、歩こうとする。小柄な彼女は人の合間を縫うようにすり抜けていくが、僕は肩をぶつけて謝るばかり。彼女を見れば、前の方で僕を見て笑っている。助けてくれるとありがたいんだがなぁ。

 もはやぶつかりそうになると反射的に「ごめんなさい!」と口にしてしまうほどになった頃、やっと人混みを抜けて、デパートの入口にたどり着いた。相変わらず彼女は腹を抱えて笑っている。


「あー笑った。さ、行こっか」


「切り替えの速さに言葉も出ない」


「言葉は出てるじゃん」


 的確なツッコミに何も言えなくなる。ツッコミというか理不尽だが。


「ほら早くー君の性癖に突き刺さるパーカーが無くなっちゃうよ?」


「誤解が酷い」


「心では思ってるくせにー」


「…………」


 図星だった。何も言えないでいると、「流石に無視は酷くない!?」なんて彼女が嘆いていたので、多分バレてない。彼女が天然で助かった。

 駅前通りよりもだいぶ人の減った(それでも僕からすればとんでもなく多い)デパートに入り、彼女と「どこに服屋さんはあるのかな?」「わからん」「まじ!?」なんて会話をした時だった。


 突然背後で大きな炸裂音が響いた。ゆっくりと振り返れば、こちらに向いた銃口。再び引き金に指が掛かり、今にも引かれそうだ。

 そして次の瞬間、目の前に現れた彼女は撃たれ、弾が切れたらしい犯人は逃走した。

 犯人を追いもせず、通報もせず、救急車を呼ぼうともせず、ただただ呆然とするギャラリーの中で、二発の銃弾を受けた彼女は、朦朧とする意識の中言った。


「奏大、ありがとう、大好きだったよ」


 言葉が終わると共に彼女の体から力が抜け、暫くして駆けつけてきた救急隊員によって、死亡が確認されてしまった。


 そして僕は、彼女を、唯希を失った。

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