夏に輝く君

 日が昇っている中、僕は汗を流しながら、やたら長い坂をダラダラと登っていた。なぜこの街の図書館は坂の上にあるのだろう。誰が汗まみれで本を読みたがる?

 この暑さも大概にして欲しい。もう九月も末。なのに毎日二十五度を超えている。地球温暖化とかいうやつの影響だろうか。早くどうにかして欲しいものだ。

 思わず呟いてしまう独り言ぐちと、怒り半分楽しみ半分の溜め息が口から流れ出す。今ので誤差レベルの温暖化が進んだのだろう。もうなんだっていいや。

 やっとの思いで坂を登り終えた。すぐ目の前には図書館の入口。この街、というかこの県で一番大きい国立図書館だ。年季は入っているが、何度かリフォームしているので内装はとても綺麗だ。もちろん空調も万全。入れば天国だ。

 今や普通となった自動ドアをくぐり抜け、彼女の定位置に向かう。図書館の中は茹だるような外とは違ってかなり涼しい。なんなら寒い。

 三階の窓際の一番端。そこが彼女の定位置。今日も分厚い星の本を読んでいる。僕もいつも通り、特に何を言うわけでもなく彼女の隣に座って、詩を集めた本を読み始める。これが僕らの夏休みの一ピース。

 なんて思ってみたはいいものの、落ち着いて読書ができるわけがない。初恋の相手の隣に居るせいで、平常心を保つので精一杯だ。先人が残した素敵な詩も頭を素通りするばかり。

 チラと彼女を盗み見る。真剣な表情で何かを書き写しているようだ。その姿を見ているだけで僕は満たされていく。我ながら単純だと思う。


「ん、どうかした?」


 おっと気付かれてしまった。


「いや、今日はワンピースなんだなって思って。いつもは制服みたいな服だったから」


 すると彼女はおぉ〜と言いながら小さく拍手を贈ってくれた。


「よく見てるね〜。今日はここに来る前にコーヒー溢しちゃってさ。どう、似合ってる?」


 白いワンピースを見せびらかすように、くるりと回った。窓から差し込む陽光に照らし出された彼女は、どうしようもなく愛おしかった。


「んー舞い降りた天使って感じ」


 嘘をついても仕方が無いので思った事をそのまま言ったた。彼女はニッと笑う。


「死ぬほど回りくどい似合ってるをありがとう」


「どういたしまして」


 なんて、傍から見れば付き合ってるんじゃないかと思われるような会話をサラリとする。まず図書館で会話するのはよろしくないね。まぁ今この空間は僕らだけだし、誰の迷惑でもないからいいや。


「今日はどこ行く?」


 昨日は買い物に行った。一昨日も、その前も。多分今日も一緒だろうが、一応の確認だ。


「今日は服買いに行きたいな〜。改めてクローゼットみたけど、似たような服しかなかったから」


 意外なような、そうでもないような気がした。僕は彼女が持っていなそうな、そして似合いそうな服を言ってみる。


「パーカーとかは?」


 彼女は顎に手を当てて「んー」と唸った。パーカーは好みじゃないのだろうか。


「いいじゃんそれにする!」


 ただ、自分がパーカーを着た姿を想像していただけだったようだ。

 そして言ってから気がついた。僕は彼女が何を着ていようと、似合ってると言うであろうことに。嘘ではないから、いいよね?

 惚気けた思考をしていると、図書館の扉が開く音がした。誰か来たみたいだ。そろそろ潮時かな。


「そろそろ行こっか」


「だね」


 どちらからともなく立ち上がって片付け始める。本を元あった場所に直して、図書館の入口付近で彼女を待つ。待ちながら近所の服屋さんを探していたが、生憎最短のお店はデパートらしい。僕は性格上人混みが嫌いだ。多分彼女も。とはいえ今日は夏休みの平日だ。そんなに混んでいない、と思いたい。それでもあの歩行者天国に行くと思うと溜め息が出るのも仕方ない。


「なーに溜め息吐いてんの?」


 頭上から脳天気な声が聞こえてくる。


「いや、近くに服屋がないなぁって思ってね」


「そうなの?」


 服を買いたいというのは、ほとんど思いつきだったようだ。


「駅前のデパートにしかないらしいよ」


「え〜じゃあデパート行こっか」


 行かない、もしくは他を探すという選択肢はないらしい。まぁ彼女の隣に居られるだけで嬉しいのだけども。


「じゃ、早くいこ〜」


 彼女は僕の手をとる。何も意図していないであろうそんな行動をあっさりとやってしまう彼女が少し恐ろしい。彼女が無意識のうちに恋に落とす小悪魔に見えてきた。僕は恋に落とされた訳ではなく、落ちたのだけど。


 僕は歩調を少し早めて、デパートに向けて彼女の隣を歩いていった。

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