体育館裏の怪異③


「まったく。なんなんじゃお前。わしが砂を掛けるまでもなく砂まみれになりおって」


 砂じゃないよ。これは土だよ。

 なんて、野暮なツッコミはよしておこう。


 ずっとずっと空気扱いされてきただけあって、僕は微妙に空気の読める男。


 どうでもいい自己満足的KY発言で、芽生えたての貴重な友情をふいにしたりはしない。ドヤ。


「おい、なんだ。腹立つぞ、その顔」


「へへへ。もしかしてさ、キミって砂かけばばってやつ?」


「砂をいていた頃には、そんなふうに呼ばれていたこともある」


「やっぱり」


 けど婆って感じじゃない。


 声は低くて、たぶん男の人……もしくは凄まじく声の低い女の人のようにも聞こえるけれど、歳を取っている感じはしないんだよな。


 砂を掛けてくる妖怪……砂かけ坊主、砂き狸……いろいろ調べてみたけれど、まあ、どれであってもさして関係はない。


 便宜上、僕はこのよくわからない怪異を“スナカケ”または“彼”と呼ぶことにした。


 うきうきしながら名前を訊ねたら、『そんなものに意味は無い』と突っぱねられたからだ。


「スナカケ……はさ、なんで塩を撒いてるの?」


「この学校、砂場がない」


 そういえば。

 だからなのか、体育の身体測定の項目に、走り幅跳びがないんだよね。


「土ならいっぱいあるよ?」


「お前は土まみれの飯を食いたいのか? 変わっとるな。……エキノコックスとか話題になってるの、知らんの? だめよ、地面に落ちた握り飯とか食べちゃ」


 食べないよ、と僕は笑いながら首を振った。


 出逢ったばかりだけど、彼は間違いなくいい人だ。


「僕的には謎の白い粉末の方が怖かったよ」


「怖くないと撒いとる意味がないじゃろ」


「そういうものなんだ……」


 そう言って頬張るお弁当には、彼がこの学校の家庭科室から拝借してきたという塩が薄く掛かっている。


 塩分過多にならないよう控えめにまぶしてくれるあたり、やっぱりいい人だと思う。


 こんなひとけのない場所で悪さ(?)をしているのも、きっと騒ぎを起こさないための配慮なんじゃないかな。


 僕の勝手な想像だけど。


 ニコニコしながら大好物の甘い玉子焼きを口に入れた頃、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り始めた。


 校長先生の趣味だとかで、有名なクラシック音楽を採用している。


「時間じゃな」


「まだ予鈴だよ」


「授業に遅れるぞ」


「大丈夫だよ。僕が遅れて教室に入ったって、誰も気付きやしないんだ」


 お弁当箱の蓋を閉めながら、僕は苦笑した。


 ごちそうさま。今日も美味しかったよ、兄さん。


「誰も?」


 にわかには信じられない、と言った様子で彼は訊いた。


 そりゃ、僕だって嘘だろって思うよ。


 けど、本当なんだ。


 黙って頷いた僕の背中に、彼の手らしきものがポンと置かれる。


 大きくて温かくて、なんだかプニッとしてる。


「また明日、弁当持ってここに来い」


 顔は見えないれけど、彼が優しげに笑ったような気がした。


 僕は名残惜しい気持ちを振り払い、立ち上がる。


「うん! 約束だよ、スナカケ!」


 明日の約束なんてするのは初めてだった。


<④へ続く>

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