体育館裏の怪異②

 お昼休み、いつもの体育館裏。


「出てこいよ。そこにいるのはわかってるんだ」


 僕は誰もいない空間に向かって話し掛ける。


 けれど、ひび割れたペールオレンジの壁は返事なんかしてくれない。


 僕のちょっぴり気取った強気な声が、むなしく跳ね返ってくるだけだ。


 でも僕は諦めない。


「いるんだろ? わかってるよ」


 だって知ってるんだ。


 この体育館裏ではいつだって、僕がお弁当箱を開けるのを息を潜めて待ってるヤツが居る。


 手にしたお弁当箱を見せびらかすように前方に傾け、蓋に手を掛ける。


 ……いまだっ!


 素早く蓋を開け閉めする。


 すると、一瞬遅れてパラパラと塩が飛んできた。


 真正面からだ。間違いない。


 素早く蓋を閉めたので、お弁当の中身は無事。


「ほら、いるじゃないか」


「……」


 返事なし。

 もう一回蓋を開けて閉めてみる。


 また塩が飛んできて、僕が話し掛けて、沈黙が訪れる。


 何度か繰り返すけれど、結果は変わらない。


 カパカパし過ぎて手首が疲れてきた。


 お弁当の代わりに顔で塩を受けるから、さっきから唇がしょっぱい。


「なんだよ……」


 さすがの僕も、悲しくなってきた。


「キミも僕を無視するのか? 毎日毎日、僕のお弁当に塩かけてくるクセに! 返事くらいしてくれたっていいだろ!?」


 傍から見れば校舎の外壁に話し掛けるアブナイ人。

 良くて演劇部の一人練習中。


 だが気にするまい。


 だって僕、空気だからね。


 むしろ空気抵抗とかある分、空気の方が存在感あるかも。


 なんてね!! アハハハハ!!


「キミ、人間じゃないよね? しかもボッチだよね? 僕と同じで!」


「……」


「出てきてよ、出てきてください。もう僕、人間相手とかこだわってないから。なんなら声だけでも全然オッケーだから。毎日、塩でもなんでもかぶるから。お願いします。友達になってください!! 友達がダメなら話し相手になってくれるだけでもいいから。一日一言とかでいいから。僕と会話して僕と会話して僕と会話して僕と会話して僕と会話して僕と会話して僕と会話して僕と会話して僕と会話して僕と会話して僕と会話して僕と会話して僕と会話して僕と会話して僕と会話して僕と会話して僕と会話して僕と会話して僕と会話して僕と会話して僕と会話して僕と会話して僕と会話して僕と会話して」


 兄さん以外と会話が無さ過ぎて、もうおかしくなりそうだ。


 地面に頭を擦りつけて懇願する。


 プライドなんかない。あったとしても、この世でただ一人の友達ないし話し相手を得るためならば、そんなものはかなぐり捨ててやる。


「頼むよ、お願い。一回目の時みたいにさ、ちょっとでいいから話し掛けてよ。出てこいなんて偉そうに言って申し訳ありませんでした。どうか声だけでもお聞かせください! ワアアアアアアアーーー!!」


 運動部の走り込みによって踏み固められた土の地面に、おでこをグリグリ。

 口の中に塩辛いものが広がったが、もはや掛けられた塩なのか涙なのか鼻水なのかわからない。


「ワアアアアアアア。ワアアアアアアア」


 僕はやけくそになり、お弁当を目の前に広げて喚き続けた。


「ワアアアアアアア。ワアアアアアアア」


 ベチンッ。


 不意に、後頭部にざらりとしたものが叩き付けられた。

 額を上げると、頭の上から一握りほどの塩が、小さな滝のように流れ落ちてくる。


「うわっ。ぺっぺっ。あ……ワアアアアアアア」


「続けなくていいから!」


「へ……」


 聞き覚えのある低い声。

 僕は急いで顔を上げる。


「見ようとしても無駄。お前、霊感とか無いじゃろ」


「で、でもいるんだよね? そこに」


「驚かんのか」


「驚いてるよ!!」


 僕は大きな声を出した。

 こんな大きな声を出したのは、生まれて初めてかもしれなかった。


 それだけ必死だったんだ。

 僕の声がキミに届かないといけないから。


「けど、びっくりするより嬉しいのほうが大きいんだ……っ」


 膝と手が汚れるなんてお構いなしに、僕は身を乗り出して叫んだ。


 この時の僕は、『からすに見付かったらほじくり出されそうなくらい目ん玉がキラキラしとった』らしい。

 

「ふうん」


 興味無さそうに言った低く掠れる声は、なんだか少し嬉しそうだった。


<③へ続く>

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