体育館裏の怪異(クリーンです)

体育館裏の怪異①

 ハロー。僕は森。フルネームは森とおるだ。

 どこにでもいる、ごく普通の高校生。

 って言いたいところなんだけど。


 ある時は……、


「先生、俺らのチームひとり足りませーん」


「僕です!」


「うん? そんなはずはないぞ。このクラスは三十人いるから、ちょうど六チームになる計算だ。お前たちのチームにはたしか……たしか、アレ?」


「僕です!」


「あとひとり誰だっけ。えーと、名簿名簿。ほら、ちゃんと五人いるじゃないか。おーい、森。どこだ?」


「……」


 そしてまたある時は……、


「わー、おいしそー! けど、なんか一人分多くない?」


「っていうか、ウチらが喋ってる間にクラムチャウダー出来てんだけど! ウケる」


「あの、それ僕が」


「調理実習とかマジだるいしラッキーだよね。四人で分けちゃお」


「さんせー!」


「……あれ?」



 こんな感じで、ありえないレベルで存在感が薄いのだ。


 友達はゼロ。たまに話すけど友達かどうかは微妙、みたいな相手もいない。


 とくに大人しいわけでも無口なわけでもないし、そんなにイヤなヤツじゃないと思うんだけど。


 誰からも話し掛けられないし、僕が話し掛けたとしても次の瞬間には僕が話し掛けたことすら忘れられている。


「今、誰と話してたの?」


「アレ、誰だっけ」


 と、そんな具合に。


 周囲にまったくと言っていいほど認識されていない。


 おかげで、入ってみたかったバスケットボール部は諦めた。


 敵にマークされない代わりに、まったくパスが回ってこない。


 ある意味ドッジボールでは最強なわけだけど、内野にいた場合、僕一人残った時点で何故かチームの負けが確定するため、必ず外野でスタートしなければならない。


 そもそもドッジの授業なんて、小学校で終わりだしね。


 イジメ?


 違うと思うな。


 靴を隠されたことも、椅子に画鋲がびょうを置かれたことも、笑い者にされたこともない。偶然自分の陰口を聞いてしまったこともない。


 無視だって立派なイジメ――とはいうけれど、彼らには僕を無視しているつもりなんてない。生徒だけじゃなく、先生方までそうなのだから、確かだと思う。


 これじゃ、“どこにでもいる高校生”どころか、“どこにもいない高校生”だ。


 お昼ご飯時になっても誰にも誘われない僕は、もちろんひとり寂しくぼっち飯。


 会社員の兄さんが毎朝早起きして用意してくれるお弁当の包みを解く。


「今日のおかず、なんだろ」


 むなしい独り言。


 深くため息をつき、楕円形の蓋を取り払う。


 パラパラ……。


「えっ?」


 パラパラ……。


「ちょ……なに!? なんか降ってきたんだけど!」


 兄さんお手製のキャラ弁(なんのキャラクターなのか僕にはさっぱりわからない)の上に、なにやら白い粉状のものが散らされている。


 風もないのにどうして……。


 まさか嫌がらせ!?


 小学生の頃、椅子引き(後ろから椅子を引っ張って相手を転ばせる危険なイタズラ)のターゲットにすらなったことのない僕に?


 周囲を見渡すが、誰もいない。


 よく体育館裏は不良の溜まり場だっていうけど、隠れて煙草を吸ってるヤンキーすらいない。


「うう……。お弁当がダメになってしまった」


 僕はしょんぼりとお弁当箱の中を見つめた。


 砂粒が入ったくらいならまだ取って食べられたかもしれない。


 でもコレ、砂じゃないんだよな。

 半透明で粒が大きめだから、グラウンドのライン引き用の石灰でもないみたいだし。


 さすがに得体のしれない白い粉を口に入れるのはちょっと。


「はぁ。せっかく作ってくれたのに、なぁ……」


 がっくりと肩を落とした、その時。



「食えるから」



 耳元でぼそりと囁く声がした。


「えっ!?」


 驚く僕に応えるようにもう一度、



「ソレ食えるやつだから」



 男とも女ともつかない、低くて乾いた声だった。


 慌てて立ち上がり背後を振り返るも、そこに人の姿はない。


 僕は弁当箱を抱え込むようにしてへたり込んだ。


「は……」


 まさか。


 まさか、こんなことって。



「は、話し掛けられたーーー!!」



 嬉しくて半泣きで食べたその日のお弁当は、いつもよりだいぶしょっぱかった。


<②へ続く>

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