汚い話③

「いや、オマエそれ。トイレの妖精じゃなくてただの変質者だろ」


「だよねー。なんで通報しなかったのか理解に苦しむわ」


「そ、そうですかね?」


「……私には、カレーを食いながらこの話ができるきみたちの方が理解できんよ」


 おかしいなあ。


 苦しい時に寄り添ってくれるマジで優しい頼れる男だよねーみたいな流れになると思ってたのに、向かいに座る先輩方は心底呆れた表情で私を見る。


「けど不思議ではあるよな。ふつう、大きいほうしてる女の個室なんか覗かないだろ」


「いや、森くん。トイレを覗かないのが普通なんじゃないかね」


「覗きじゃありません! 応援してくれてるんですッ」


「まあ、そういう趣味の人もいるんじゃないですか?」


「かなあ」


「……」


 私の必死のフォローはスルーされた。


「けど幻覚の線も捨てきれないよね。だってさ、会社のトイレは天井ないから壁のぼれば侵入出来るけど、家のトイレとかどうやって入るのよ」


 森先輩の隣に座る川野先輩が、カレーに大量の福神漬けを追加しながら言う。


 私は答えられなかった。


 たしかに、家のトイレには立派な天井が付いている。ドアを開けなければ中に入ることは不可能。


 しかも鍵、しめてたし……。


「っていうか山田ちゃん、マジ腹弱過ぎ。健康診断は毎年問題ないしさ、やっぱストレス?」


「マジ? 悩みがあるならこの森先輩に話してくれてもいいからな」


「ど、どうも……」


「え、反応薄ッ! なんで!? こんなイケメンが相談に乗るって言ったら普通コッチに惚れない? 好きにならない!?」


「森ちゃん、セクハラー。って、アレ? 課長、どうしました。まさかホントに食欲なくなっちゃった?」


 川野先輩が、黙り込んでいる課長の顔を覗き込む。

 課長は難しい顔をして、カレーの皿を見つめていた。


 うーん、悪いことしたな……。


 でもトイレって話しかしてないのに勝手に大きいほう(正解)ってことにしたの先輩方なんだけどね。


 まあ、私が悪いか。


「あの。課長、汚い話をしてすみませんでした……」


 私の中では完全に恋バナだったので気軽に話してしまったが、よく考えたら食事中にトイレの話なんて、いい迷惑だろう。


 課長ははっとした様子で私を見つめ、やがてゆっくりと首を振った。


「いや、違うんだ。ひとつ思い出したことがあってね」


 課長は大きなスプーンを皿の上に置いて、話し始めた。


<④に続く>

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