第3話

 魔獣の一行は、うまうまと次元戦艦を活用して、コニウムへと帰還した。

 彼らは、ギルドナを真ん中にして、既に寝静まった農村を歩く。

 ヴァレスは、感無量の面持ちだった。

「魔王様、お見事な親善外交でございました。荒事抜きでも名君の器であると、竜宮城の者たちに知らしめることができましたっぴ」

「……ぴ?」

 ギルドナは、聞き咎めずにはいられなかった。

「もう、ヴァレスちゃん!」

 ミュルスも唇を尖らせる。

「いやいや、わざとじゃないんだっぴ!」

 魔王は、何やら運命に試されているような気がした。

 ヴァレスの口調に、何故突然、妙な癖が付いたのか?

 彼は、竜宮城でそれなりに酒を嗜んでいた。単に酩酊や疲労のせいなのだろうか?

 それとも、竜宮城の愉快な者たち——チヨやピピに影響されてしまったか?

 その時、ギルドナの脳裏で、とある記憶が、閃光や雷鳴を伴って再生されたのである。

「ヴァレス、もしや、そろそろ脱皮の時期が近付いているのではないのか?」

 今度はヴァレスが、雷に撃たれたように戦慄した。

「まさか……魔王様にそこまで看破されっぴとは……」

(いや、以前にもあったことだからな。初見時には、随分と魂消たものだが……)

「何を遠慮することがある。行ってくるがいい」

「御意だっぴ!」

 魔王の忠臣は、夜の闇に溶け込むように姿を消した。

「んもう、ヴァレスちゃんたら何やってんだか、んもう!」

 ギルドナは、次なる試練を察知した。

 ヴァレスとミュルスは双子である。そして、ミュルスの戦闘形態がウサギであることを考え合わせると……

「ミュルスはもしや、換毛期が近付いているのではないか?」

「え!?どうしてわかっちゃったんですか?んもう!」

 ミュルスは照れ笑いを浮かべた。まるで、ほんの僅かばかり髪を切り揃えたことに気付かれたかのように。

「今回はご苦労だったな。どうか身も心も厭うてくれ」

 ミュルスもまた、ギルドナに暫しの暇乞いをしてから、闇の中へと消えたのだった。

 双子の兄妹は、主君をそれほど待たせることなく、陽光の照らす道を歩んで戻って来てくれることだろう。

 ギルドナは、晴れた夜空を見上げた。

 玉座に昇る者は、当然ながら、それ相応の資質や実績、そして、己が命を賭す覚悟を必要とする。その一方で、民や運命によって、失敗を赦されることもあるのだ。

 例えば、第二十五代のオトヒメは、失政を武功によって帳消しにした。ギルドナとて、人間との戦に敗北したことで、一度は失った命を今また生きているのだ。

 王者は王者であり続けるために、時には強さを示し、また時には機転を利かせて、危機を乗り越え、繁栄を勝ち取らねばならない。

 しかし、王を慕ってくれる同胞や、異種族ながら仲間と呼べる者たちの存在を心に描いた時、どんな苦難も不思議なほど楽しく面白くさえ思えるのだ。

 ふと、ギルドナは、辺りを見回した。おそらく大丈夫、誰も見ても聞いてもいないだろう。

 彼の背中で眠っているアルテナのために、一つ小さく咳払いした後、ミュルスが歌っていた子守唄を口ずさんでみたのである。

 だが、すぐさま足早に、アルテナの住居へと向かうことにした。自分には歌う才覚なぞ無いことだけは、はっきりとわかったのだ。

 ただ、ギルドナの背中では、アルテナが幸せそうに微笑んでいた。

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機転の玉座 如月姫蝶 @k-kiss

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