屋上

知らない人

屋上

 親友は毎日をとても楽しそうに過ごしている。それゆえに日をまんべんなく浴びたヒマワリみたいな笑顔で、行き交う人々を性別関係なくみんな魅了してしまう。

 不幸とは無縁なその笑顔は、のべつ幕なしな告白に晒されても歪まない。歪むのは私の心だけだ。顔を真っ赤にした男子が神に祈るようにその人の顔を見上げるとき、私はいつも死んでしまいそうになる。なのに、この世で一番大切なその人は、一緒に通学する時のような、日常のままの微笑みを浮かべている。

 ギャップの小ささにこそ感じる隔絶の大きさに思わず目をそらしたくなるけれど、結局私は最後まで血眼になりながらも二人の行く末を見届けることになる。視界の中央にロックして、飛び跳ねそうになる心臓を胸元にあてた両手でつなぎとめる。体の震えが収まるのを待って、殺した息をささやかな呪いの言葉に変換する。

 みえない努力の甲斐もあってか、今日も親友は学校の屋上で首を横にふった。ごめんなさいの言葉が聞こえてきて、ガラス扉の脇に潜んでいる私は思わずガッツポーズを取る。人の不幸を喜ぶなんて間違ってる。だけど私はそれ以上の苦しみを毎日抱えながら生きている。これくらい許されてもいいはずだ。


 想像してみることがある。屋上のフェンスにもたれかかった親友。その前でうなだれる男子生徒をこっそり私の姿かたちに変換してしまうのだ。声の色だってすっかり同じにして、しぐさや思いの強さも完全に上書きする。空は快晴ではなく曇りがちな夕暮れ。吹く風は肌寒く、緑の格子にもたれかかったその人は、均整の取れたモデルみたいな体を震わせながら、両腕で胸を抱いている。

 名前の書かれていない青い便箋を律儀に読み込んだその人は、相手がまさか私だなんて思わず、屋上にあらわれた姿に初めて微笑みを崩す。そして悲劇のヒロインぶった美しい困り顔で、私の全身をつま先から頭まで見渡す。無言のうちに秘めた本心は、表情から漏れ出している。だからこそ私は半ばあきらめながら、今にも泣きそうな笑顔で、その言葉を伝える。

「ずっと大好きでした」

 返事も待たず、魂の抜け落ちてしまった体で、夕日のこぼれる階段を駆け下りる。スマホに重く重なる着信だって、私の心には届かない。これまでに積み重ねてきたあらゆる信頼関係の壊れていく音が途切れるのは、深夜十二時を軽く通り過ぎた本当の真夜中になるんだろう。


 ガラス扉の陰から見つめる。夕焼けの逆光を受けてもなお、その横顔は正面から光を当てたみたいに神々しく輝いていた。ほんの少しだけ寂しそうな微笑みを浮かべながら、フェンスの外を帰る生徒たちを女神のように見守っている。あるいは、心を寄せている人を必死で探しだそうとしているだけな、ただの甘酸っぱい青春の横顔なのかもしれない。どちらにせよ、私の手の届かない場所にいることだけは確かだった。

 陰に座り込んでいても夕焼けが眩しい。ガラス扉をすり抜けて、足元のリノリウムにオレンジ色の光がさしている。何気なく光の筋を追うと、階段を通り越した先の壁にフランスパンみたいな影ができていた。すぐに上履きが原因なのだと気が付いて、慌ててひっこめる。気付かれていないことを確認してから立ち上がり、ひとり静かに薄暗い階段を下った。

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屋上 知らない人 @shiranaihito

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