第15話 コミュニティ
それから橋本は時々高瀬とメールのやり取りをするようになった。
最初は今回の件に関してのやり取りだったが、次第にその他の近況の報告などもするようになった。
東京と愛知と場所は離れているが身近に感じられる存在が出来たことは、橋本にポジティブな心境の変化をもたらした。仕事上の何か小さな変化なども、高瀬に報告することができるとそれを楽しみにするようになってきた。高瀬は仕事が忙しいだろうに細かくメールを返し、時には的確なアドバイスを送ってくれた。
橋本は相変わらずビル清掃の仕事を続けていた。作業内容自体は以前と変わっていないが、モチベーションが高いので仕事の精度も上がったし、パートのおじさん・おばさんとも積極的にコミュニケーションを取るようになっていた。他に正社員の仕事を探してもいたがここで正社員になるというのが現実的な選択肢かと思うようになってきていた。
家族からの連絡はぱったりと来なくなっていた。やはりあの夜話し合ったことの影響だろう。橋本がどんな気持ちで子供の頃から現在まで過ごしてきたか、全てを理解した訳ではないだろうが今も苦しんでいるということは伝わっただろう。もちろん橋本の方から連絡するつもりもなかった。最初は法的な部分も含めて完全に絶縁しようかとも考えたが、調べたところそれは難しいようだった。単に電話番号を変えれば連絡が来ることは無いわけで、それを検討中だった。
それから1ヶ月ほど経った頃、高瀬からメールが来た。
「何も余計なことを考えずに前向きに目標だけを見られる人間も居るが、和郎はきっとそうじゃないだろう?なら一回とことん後ろ向きに過去を振り返ってみろよ。組織2世の人間だけのコミュニティを見つけた」
という内容だった。どういうことかイマイチ分からないまま貼られたリンクにジャンプしてみると、多くの人が利用しているSNSの『組織2世』という非常にそのままのネーミングのコミュニティがあった。
(……大丈夫なのか、これ?)
SNSをほとんど利用したことのなかった橋本は警戒心を持ってそのコミュニティを眺め始めたが、すぐにその内容に夢中になっていった。そこには自分と同じくらいの世代を中心に日本全国の『組織2世』の人間が思いを綴っていた。
三人の子供を育てる主婦もいれば、社会的に成功している社長もいるし、心身のバランスを崩し引き籠っている人もいる。様々な人間がこのコミュニティを利用していたが全ての人に共通するのは例の『組織2世』ということだ。こんなにも多くの人が組織の下で育てられたことに今も苦しめられている、という事実は橋本を勇気付けた。今まで生活してきて『元・組織の人』とは出会った事がなかった。もちろん同様の人間が居るであろうことは分かっていたが、こうしてその存在を確認出来たことは嬉しかった。
ほとんどは『元・組織の人』であったが、中には現在も組織に交わっているという人も居た。組織は不特定多数の人間が利用するSNSの利用を禁じているから、参加しているのは現役と言えど教義に懐疑的な人ということにはなる。その人たちから届く現在の組織の情報は橋本にとって中々興味深いものだった。母親も言っていたように、子供に対する体罰的なしつけは否定されているようだ。その他にも宣教活動の仕方の変化、終わりの日である『ハルマゲドン』の時期の解釈の変更など…当然ではあるが時代と共に教義も変化せざるを得なくなっているようだ。その点が確認出来たことで、橋本は自分が間違っていなかったという確信を強めることが出来た。
しばらくは先人が書き込んだ内容を読むだけで満足していた橋本だったが、やがて自分でも子供時代の辛かった思いでや現在の状況などを書き込むようになり、そこにコメントをくれる人間が現れ、交流は拡大していった。ただ『組織2世』という大きな共通点はあれどそこに集まっている人間は様々だし、顔の見えない相手とのコミュニケーションには橋本も過度な期待はしていなかった。
橋本をこのコミュニティへと誘った高瀬は最初のうちは橋本と同様にSNSのよく書き込みをしていたが、やがてその頻度は減っていった。考えてみればそれも当然で、高瀬は立派に仕事と家庭を築き上げており、過去について悩んでいる橋本とは全く違う状況にある。橋本はそのことに気付いた時、少し寂しくもあったがそれでもここへと誘ってくれた高瀬に感謝したかった。
実生活では人見知りで誰とも打ち解けることのない橋本だったが、このコミュニティの中では顔の見えない安心感からか素直に言葉を送り、次第に親しい人間が出来ていった。何よりも相手が自分と同じ境遇の人間であるという安心感が大きかったのだろう。
しばらくしてから開かれたオフ会にも参加した。ある程度人となりを知っているとはいえ初対面の人と実際に顔を合わせるのは緊張したが、皆優しい人ばかりで安心した。
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