第8話 再会③
その後も『組織』の子供の苦しんだあるあるで盛り上がった。
「弘毅君、辞める時ってすんなり辞めれた?」
「俺はもう、就職して会社の寮に入る所まで決めてから親に言ったからな。親父は長老だからな。信条的なことよりも実務的な部分で外堀を埋めてから交渉したら話は早かったよ」
「なるほどね。俺は高一の夏休みだったかな、泣きながら両親に言ったんだよ。『もう集会に行きたくない!親に人生を決められるのはもううんざりだ!』って……そうしたら何て返ってきたと思う?」
高瀬はニヤニヤと笑いながら首を振った。
「『神に仕えることを選んで15年やってきたのに、それを全部ムダにするの?』ってさ。……ふざけんじゃねえよ!いつ俺が宗教なんぞトチ狂った世界で生きてくことを自ら選んだんだっての!」
「ブラック企業だな。選択肢なんか他に一つも無かった筈なのに、いつの間にか洗脳して自分で選んだことにしてしまう……これは正にブラック企業だ!」
「……おい高瀬社長、アンタの会社は大丈夫なんだろうな?そんな所で『組織』で学んだノウハウを実践してるんじゃないだろうな?」
「ちげーよ、ウチはホワイトそのものだっての!」
そこで二人は顔を見合わせ笑った。酒の力は偉大だった。
笑いが一通り収まると、高瀬がまた呟くように言った。
「なあ、俺らの親たちは何で宗教なんぞにのめり込んだんだろうな?」
「知らないよ、別に知りたくもないし。……どんな理由があろうとも子供の人生をムチャクチャにして良いわけがない」
「それはそうだけどな……」
少しの沈黙が支配する。
「そういえば和郎、丸田京子って覚えてる?」
「丸田京子……?……ああ、京子『姉妹』ね。」
橋本は一瞬誰だっけ?と考える振りをしたが、その名前を聞いた瞬間に思い出が甦ってくるのを抑えることは出来なかった。
彼女は子供時代を同じ『組織』で共にに育ってきた女性である。『組織』の中には子供から老人まで様々な年齢の人間が居るが、なぜか橋本たちの年代の人間は少なく、高瀬・丸田を含めた三人で一括りとして捉えられることが多かった。彼女は社交的で誰に対しても人当たりが良く、大人たちからも好かれる人間だった。ただ三人で良く遊んだのは(『組織』では家族ぐるみの付き合いが非常に多い)本当の子供時代だけで、思春期以降は何となく距離ができた。ただそれは橋本と高瀬の方が信仰を明らかに保っている彼女を避けるようになっただけで、彼女の方からは以前と変わらぬ屈託のなさで接してきていた。
「何か結婚するらしいぞ。さっき実家にいる時に親が言ってきた」
「ふーん…そうなんだ。まあ俺と同じ三十歳だから年齢的にはちょうど良いんじゃないの?」
『組織』の人間はその内部の人間とだけ結婚することが許されている。結婚を真剣に考えている者同士のみが交際を許されているが、結婚前のセックスは禁じられているため、交際中の男女でも二人っきりにならないようにデートには誰か第三者が同行するのがルールとなっていた。普通の日本人の感覚では信じ難いことかもしれないがこれは事実だった。
「あ、こんだけ話しといて今さらだけど、和郎は彼女とか居ないでしょ?」
「いや失礼だな!……居ないよ!居る訳ないだろ。30歳で時給千円のバイトしてる奴と付き合う女が居たら俺が全力で止めるよ」
橋本の返答に高瀬は首を振った。
「そう固定観念でものを考えるんじゃないよ。どれだけ金を稼いでいるかとか容姿がどうとか関係ない場合もあるんだぜ」
「……だから何が言いたいのさ?」
「奪っちゃえよ。丸田京子のこと。好きだったんだろ?」
「……はあ?何言ってるの?」
流石の高瀬も酔いが回ってきたのだろう、無茶苦茶なことを言い出してきた。と橋本は思った。それはどっちかって言ったら、聡明で人当たりも良く容姿も良かった彼女のことは好きだった。組織内部の人間としか結婚が許されないということは子供の頃から教えられていたから、年代などを考えると自分か高瀬が将来的には彼女と結婚するのではないか?みたいなことを考えたこともあった。
でもそれは本当に子供時代の話だ。
「それが復讐になるんじゃねえのか?」
「復讐?復讐ねえ……別に復讐をしようとは思わないけどね」
確かに組織に自分の人生を無茶苦茶にされたという思いは強いが、別に復讐をしようとは思わない。現役でやっている両親と必要以上に対立関係になるつもりはないし、もう出来るだけ関わり合いたくない!という以上の気持ちは無い。
そもそも復讐の為に既に決まっている結婚を破綻させようというのは彼女の人格を無視しているだろう。ただ橋本は高瀬のそうした思考に男性的な強さを感じて、少し羨ましくも思った。
「そうか?和郎がそう思うんなら別にそれで構わないけどよ。まあ俺も今朝実家に戻ったら母親からこの話を聞かされてさ、せっかく和郎と会えたのも何かの縁かな、と思ってさ」
「うん、じゃあ我らが丸田『姉妹』の結婚を祝って乾杯といきますか!」
「お、じゃあ本人不在で、乾杯!」
二人はカチリとジョッキを合わせた。
結局店を出たのは閉店時間の23時だった。橋本がこんなに気持ち良く酔ったのは久しぶり、いや産まれて初めてだったかもしれない。高瀬もかなり酔っていたが、なんとか連絡先を交換して別れた。代金は結局高瀬が全額出してくれた。
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