第7話 再会②

 高瀬の聞き入れる体勢を見て橋本は堰を切ったように自分のことを語り出した。「……何か自由過ぎてどうして良いか分からねえんだよ」

 高瀬は橋本の言葉に不審気な顔を見せた。橋本の言葉の意味が分からなかった。目で橋本に話の続きを促す。

「弘毅君も多分そうだと思うけど、俺らはずっと自由になりたい、普通になりたい、って思ってたよね」

「ああ、俺もずっとそう思ってた。だから俺は過去を断ち切るために死にもの狂いで努力した。お前もそうじゃないのか?」

「そうなんだ。そうなんだけど……東京出てすぐの頃は本当に充実していたよ。昼間働いて夜は学校で授業を受ける。そんな普通のことがとても新鮮だったし、やっと自分の人生が始まったって思えた。……でも、回りが合コンだ旅行だ、って受かれてる時も俺はずっとバイトと勉強しかしていなかった。もちろん金銭的に仕方ない部分はあった。だけど…もっとやり方は幾らでもあったんじゃないか?って最近になって思う。大学生っていう世界で最もバカをやって許される時代にそれを楽しめなかった俺って、生きるのに向いてないんじゃないか?っていう気がする。」

 橋本は必要以上に自嘲的な言葉を用いて笑いにしようとしたが、高瀬は笑えなかった。

「……なあ、和郎。時間は前にしか進まないんだ。過去は捨てて進むしかないだろう?これから何をしたいか、目標だけを考えて生きていけば良いんだ」

「分かってる。……分かってるんだよ!」

 橋本の絞り出したような声に高瀬は意識的に明るい声で応えた。

「まあ、焦らずいけば良いさ。俺とお前との差なんてほんの少しの偶然でしかないさ。……逆に辛い子供時代を過ごしたから普通のことにたまらなく幸せを感じることも出来るんだぜ」

 高瀬の言った言葉は実感のこもったものだったが橋本にはあまり響かなかったようだ。そこで高瀬は表情を少し柔らかくして話題を変えた。

「何にしろこうして和郎と再会出来て良かったよ。……思春期の頃は二人で居酒屋で酒を呑む、なんて日が来るとは思ってもみなかったよな」

「確かにね。……ってゆーかこの歳まで生きてるとは思わなかったよ」

 橋本も高瀬のテンションにつられて声が大きくなる。

「何だ?ハルマゲドンが来ると本当に信じてたのか?」

 陰に沈みがちな橋本が言わんとしていることを高瀬は分かっていたが、あえて笑いながら話を逸らした。

「違うよ!あんな虐待紛いの家庭環境で良く生きてこれたな、ってことだよ」

「そうだな。確かに虐待だよな。あんまり外の人間が『組織』の家庭事情を知ることはないだろうから、社会問題として取り上げられたことはないけど結局あれは緩やかな虐待だよな」

「穏やかじゃないよ!俺なんかゴムホースの鞭で何回尻叩かれたか分かんないぜ。…高瀬家は無かったの?」

「あったな!鞭!あれ、今はやらない方針になってきてるらしいぜ!」

「マジかよ、最近の子供たちはぬるい環境にいるねえ……」

 同じ『組織』といえど家庭や時代によって微妙に教育は異なっている。子供のしつけ・矯正として文字通り鞭を振るうことがかつては推奨されていたのだ。

「そういえば、オナニーすら『神は禁止しておられる』って言ってたもんね。最近の教えでもそうなのかな?」

「そうだったな…俺もエロ本が見つかった時は母親が泣き出して、親父からぶん殴られたもんな。息子とはいえ長老が神が最も忌み嫌う暴力を振るっていいのかよ?と思ったけどな!」

「あー、弘毅君とこもそうなんだ。……でもさ、あれだけあからさまに性について禁止されるとちょっと歪まない?」

「……確かに、そうかもな。実は俺……」

 誰も聞き耳を立ててなんかいないことは分かっていたが、高瀬は橋本の耳元に口を寄せなにかを囁いた。

「え?マジで……俺もなんだけど」

 まさかの性癖の一致に二人は顔を見合わせ爆笑した。


 突然の再会に最初は緊張していた橋本だったが、もう完全に子供の頃のように高瀬に心を許していた。

 学生時代や会社員時代、少し親しくなった人に自分の境遇を話したことはある。多くの人は一定の同情を示してくれるが、次に待つのは「分かるよ!」という同意の後の圧倒的な理解のされなさである。多くの人はこの現代日本において「宗教上の教えを全ての基準にして子供を教育している家庭」というものをほとんど想像しえない。

 逆に「うちも毒親でさ……」と言って自分の話をしだす人もいる。話を聞くと結構な虐待を受けていたりもするのだが、それはそれで分かりやすい虐待を受けていたほうがまだ親をきっちり恨めていたのに、と橋本は思ってしまうのだった。

 高瀬と話し、自分と同じような境遇にありながら社会的にも立派な大人になっている彼を素直に凄いと思ったし、もっと早く再会していれば自分の生き方にも良い影響をもたらしていたのではないか?という気もした。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る