第3話 帰郷
早まった年末の休みは既にあと一週間に迫っていた。
(……まあ別に何も考えずにダラダラ過ごせば良い。一週間くらいすぐに過ぎていくさ)
その場は自分にそう言い聞せた橋本だった。
だがそれから一週間が経ち迎えた12月28日の午前11時、橋本は東京から名古屋に向かう新幹線の中に居た。何だかんだで十年ぶりの帰郷をしようとしている。
(……何か思ったよりもあっけなく着いたな)
帰郷することはおろか東京を出ることすら橋本にとっては十年振りの大イベントで、新幹線の切符を買うことにも緊張していたわけだが、済んでしまえば何ということはない。東京・名古屋間はほんの二時間弱で着いてしまった。
(……結構街並みは変わってるかもな。)
名古屋駅から実家の最寄りの駅までは在来線で30分ほどかかる。車内から見える景色に橋本は少し感動していた。十年前にはほとんど誰も降りなかった駅に大きなビルが出来ていたり、逆に少し寂れているように見える駅もあった。名古屋駅まで電車で行ったことはそれほど多くはなかったが、その景色を自分が意外と鮮明に覚えていることに驚いた。
「まもなく石尾、石尾です。お降りの方は…………」
(……着いたか)
ついに電車は育ってきた街『石尾』の駅に着いた。ド田舎というほどではなく団地が密集した地域が幾つもあるベッドタウンだが、東京での生活に慣れてしまった橋本にとっては、人家やビルも少なく駅前を歩く人の数も圧倒的に少なくどこかうら寂しいような気がする。
橋本はバスを探し乗り込んだ。実家までは歩くと40分くらいかかる。東京でバスに乗ることはほとんどないし、バスの路線図は思ったよりも複雑で乗り込んだバスが合っているのかなかなか確信が持てずこれにも緊張した。だが途中自分が通っていた小学校を通過した時、乗り込んだバスが間違っていなかったことを知り安心した。遠目に見る小学校は当時とあまり変わっていないように見えた。
15分後バスは無事実家の最寄りの停留所に到着した。
ここで橋本は今更ながら躊躇を覚えた。
実家の両親には何の連絡もしていないから、当然橋本が帰郷していることを知らない。自分の故郷の街並みが見られたことに満足して、今日はもう東京の自分の部屋に帰っても良いような気がしたのだ。
そもそも両親はずっと同じ場所に住んでいるのだろうか?橋本がほとんど返信を返さないことが原因ではあるが、ここ2、3年は母親からの連絡もほとんど無く、どこかに引っ越している可能性もあるわけだ。保守的な両親のことだから全然別の場所に移り住んでいるとは考えにくいが、利便性や値段などを考え近場で引っ越している……ということは有りうることのように思えた。
それならそれで良いような気がする。どこかネットカフェにでも泊まり、明日一日名古屋をぶらぶらして水田に頼まれたきしめんを買って帰ればそれで充分ではないか?久しぶりの親子の対面なんぞはとても下らないことのようにも思えた。
(……まあでもここまで来たんだからな。もう少し実家のそばまで行ってみるか。家を訪ねるかどうかはその時に考えれば良い。)
道のりを頭で思い出すよりも先に足が勝手に動いていた。
なぜ十年振りの帰郷をしようという気持ちに至ったのか、橋本自身定かではない。
水田に促されたことが契機であることは間違いないが、やはり心のどこかでこの街に対する興味が膨らんでいたのだろうか。自分が生まれ育った街を思うことは自然なことだ。だが家族に会いたいという気持ちは今も認められていない。
だから実家に向かう踵を返しこのまま東京に帰る……ということを何度も考えた。
だが気持ちは迷いながらも足は確かにその道を進み、気付くと部屋のチャイムを押していた。
「はーい」
すぐに聞き覚えのある母親の声がしてスリッパのパタパタという音が聞こえてきた。留守ならばそれを言い訳にそのまま帰ろうと思っていたが、逃げることは叶わないようだ。橋本は覚悟を決めた。
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