第20話 基盤創造
朝起きたばかりの俺は、朝食を食べ終えたあと思わずうなり声をあげる。
目の前に置かれている本の開いたページをじっと眺めると自然と口から呟いていた。
「不便だ…」
そう、俺は下界に降りてからというもの、バランスが取りきれていない環境に色々な調整が必要なこともあり、ひとしきり動物、植物などは創ってみたものの、どう群生させるか、寿命はどれくらいなのか、どういった作物がとれるのかなどの細かい作業が、一向に進まない。
思わず本から目を離し、ぐっと伸びをする。
横で俺のことなど気にせず、目の前の朝食を夢中になっている奴に、俺はふいに話しかける。
「何かアイデアくれよ。ガブリエル」
「また何を創ったらいいか悩んでるんですか?」
納豆ご飯を掻き込むガブリエルは俺の言葉に、目を配ることなく、飯を食いながら答える。
「違う。明らかに面倒なんだよ。例えば…」
そう言われた俺は本に書き込んでいく。
本に書いた通り、現れたおにぎりをガブリエルに渡す。
そのおにぎりを受け取ったガブリエルは、何の疑いもかけずにおにぎりをリスのように頬張った。
「今のおにぎり、美味かったか?」
おにぎりを食べ終えたガブリエルに俺は問いかけた。
ガブリエルは少しばかりおにぎりの味を口の中で確かめたあと答える。
「美味しかったですけど…」
「何か中身に具が入ってたか?」
「いえ、塩の味だけですね」
「だろうな」
俺が本に書いた内容は、“昆布のおにぎりがほしい”というものだ。
しかし、現れたのは、ただの塩のおにぎり。
「この通り、中身の昆布を作りたかったら、昆布の設定を書かなきゃだめなんだ」
「それの何が問題なんですか?」
「面倒くさいんだ!もう設定とか、1つ1つ入れ込んで考えるのが!」
俺は、そう言うと頭を抱える。
ガブリエルはそんな俺を見てもなお、味噌汁を啜る手を止めない。
俺はガブリエルに咳払いをすると、1つ重大な発表をした。
「そこで、考えた。俺は魔法を新たに創ろうと」
「魔法を?」
「うん。鑑定っていう魔法を創ろうと思う」
そう、俺はやっとのことでこの魔法を創ろうと決意したのだ。
それは、俺が自分で描いたことを忘れっぽいというのが原因ではあるが、これを創っておけば、後々、便利なことには違いない。
(人物の設定もこの魔法を使えば丸わかりってわけさ…。)
俺は遠い目をした。
しかし、今回の件とはずれていることに気づくのは後になってからだった。
そんな俺にガブリエルは味噌汁を啜り終えると、今度は朝食のサラダをぱくつきながら、俺に言う。
「わざわざ、発表するようなことなんですか?」
俺のことなど気にせず、朝食に夢中になっているガブリエルに俺は少し寂しさを覚える。
「さっきからなんか当たり強くない?機嫌悪いの?」
冷たい反応を続けるガブリエル。
いつもは気さくで優しく可愛いガブリエルなのだが、普段とは違う態度に俺は思わず弱気になってしまう。
君をそんな風に創ったつもりはないぞ。
度重なる、天使達の件の精神的な疲労からか、ちょっと涙目にもなってしまう。
「ち、違いますよ。ほら、魔法ならいつも創ってるじゃないですか」
「ああ…まあな。でもなガブリエル。この鑑定って魔法は、いわば普通の魔法とは違うんだ。いいかこの魔法があればな…」
「はぁ…とにかくすごい魔法ってことですね?」
ガブリエルはよくわからなそうに俺の言葉を遮って答えた。
違う。冷たいんじゃない。こいつは自分が理解できないからと最初から高を括っているだけだ。つまるところアホだ。
俺は構わず、続けた。
「でもな。これすごい創るのが難しい魔法なんだ」
「どうしてですか?」
「じゃあ俺に鑑定って唱えてみて。使えるようにしてるから」
俺の言うことに従い、ガブリエルは言われた通り面倒臭そうに、魔法を俺に使う。
すると、ガブリエルの前にウインドウのようなものが飛び出した。
今まで興味がなかった様子のガブリエルも、その飛び出したウインドウを凝視すると、ガブリエルが震えた声で言った。
「か、神様、神様の情報が書かれている…!?年齢、攻撃力…?あ…スキルっていうのはなんですか?それに…」
「一先ず落ち着け。ガブリエル。中身を読み上げてくれ」
「攻撃力…良、防御力…良、魔法力…良、色々書かれてますね。えーっとスキルっていう欄には…」
ガブリエルは、ウインドウに記載されている文字を必死になって俺に伝える。
しかし、問題はそこではない。
「うーん…数値で出てないな…」
俺は、呟くと、本を手に取り、鑑定魔法の設定に1つ書き足す。
「このように1つ書き足したら1つ問題がどっかで出るから大変でな…」
「はぁ…そうなんですね…でもわざわざ本で創らなくてもいいんじゃないですか?魔法なんですよね?」
「この魔法は、雑に設定したら失敗する気がするんだよ。本で創っても綻びが出てるんだぞ」
しかし、ガブリエルが言ったことも一理ある。
俺は、鑑定に類似した魔法を新しく本を使わずに創ってみることにする。
頭でどういった魔法かというのを念じつつ、この前魔法を創った時のように呪文を唱える。
「ステータス!」
俺が新たに魔法の呪文を唱えると、新しく鑑定とは違うウインドウが表示されるが…
「失敗だな」
そのウインドウには、何も表示がない。
「難しいもんなんですね…それじゃあオレはこれで…」
「待てよ。お前もちょっと付き合え」
朝食を食べ終えたガブリエルは席を立つ。
俺はそのどこかへ行こうとするガブリエルの首根っこを掴んだ。
「勘弁してくださいよぉ…オレにこういうことは向いてないですって」
「向いてる向いてないじゃない。やるんだ」
俺はガブリエルを元の椅子に座らせると、この魔法の開発を急ぐことにした。
鑑定の魔法に一息つくと、辺りはもうすっかり夜になっていた。
俺の作業に根気強く付き合ってくれていたガブリエルもすっかり俺の横で眠ってしまっている。
そんなガブリエルに毛布をかけると俺は、ガブリエルに鑑定の魔法をかけた。
目の前にビュンとウインドウが表示される。
-----------------------------------------------------------------------------
【ガブリエル】
職業…熾天使、執行天使
HP:5000
魔力:7000
物理攻撃:2500(+5000)
魔法攻撃:3200(+4000)
物理防御:2200
魔法防御:2000(+2000)
敏捷:5500
幸運:30
スキル
【加速】【飛翔】【槍使い】【天使】【可憐】
【絆】【執行者】【動物愛】【魔獣愛】【威圧】
【風圧耐性】【風圧制御】【精神異常耐性(強)】etc...
武器
【ガブリエルの槍】…物理攻撃に+5000、魔法攻撃に+4000
動物、魔獣を傷つけることはできない。ガブリエル専用武器。
他の者が触れたり、奪おうとすると、その者にたちまち稲妻が落ちる。
特性
動物愛、魔獣愛のため、それらに攻撃を加える場合、攻撃力に-7000。
しかし、人、天使、悪魔に対し攻撃を加える場合、攻撃力に加算+5000。
人物
天真爛漫で、喜怒哀楽が表情に出やすい。
神様に対しては、従順であるが、天使ミカエルと天使ルシファーに対しては仲間意識はあるものの、あまり好きではない。
-----------------------------------------------------------------------------
「よし概ね、成功だが…」
俺がガブリエルに設定してないスキルや、勝手に足されてる人物の説明があったりはするが、形になってきた鑑定の魔法に一息つくと、俺はコーヒーに口をつける。
まだ調整しなければならないところは山ほどある。
しかし、形になってきた魔法を他の人物でも試してみたくなる。
俺はそう思い立ち、家の扉の外に出た。
入口にはミカエルが立っていた。
こちらをちらっと見るミカエルは、俺が家の外に出てきたことに驚き咄嗟に俺に跪く。
俺はそのミカエルに、何の許可もとらず鑑定の呪文を唱えた。
-----------------------------------------------------------------------------
ミカエル
職業…熾天使
HP:3200
魔力:9000
物理攻撃:1000(+3000)
魔法攻撃:5000(+3000)
物理防御:1000
魔法防御:3000(+2000)
敏捷:2500
幸運:100
スキル
【癒し】【飛翔】【杖使い】【天使】【可憐】
【人間愛】【異空間魔法】【慈悲】【信仰】【ゲート】【風圧耐性】【風圧制御】【精神異常耐性(強)】etc...
武器
【ミカエルの杖】…物理攻撃に+3000、魔法攻撃に+3000
人を癒すことに特化している杖。
ミカエル専用武器。
他の者が触れたり、奪おうとすると、たちまちその者に稲妻が落ちる。
特性
人間愛のため、人間に攻撃を加える場合、攻撃力に-7000。
しかし、天使、悪魔に対し攻撃を加える場合、攻撃力に加算+3000。
人物
真面目すぎる性格のため、仕えている主人の言葉でさえ、耳に入らない時がある。
人当りはよく、誰にでも基本的には優しいが、同じ天使であるガブリエルのことは非常に毛嫌いしており、トラブルになることが多い。
-----------------------------------------------------------------------------
「神様、今何かされましたか?」
跪いていたミカエルが顔を上げる。
「ごめん。ちょっとお試しでさ。新しい魔法をちょっとな」
「左様でございましたか」
ミカエルに鑑定の魔法を使った結果も同様、スキル、人物の設定共に俺の知らないものがいくつかあったりはするが、概ねはうまくいっている様子であった。
ただ、スキルの表記はいいが、スキルの詳細も見れるようにならなければならない。
スキルの詳細を見れなければ、スキルがどういったものかこちらが把握することができない。課題は山積みであった。
「ミカエル。夜は冷えるだろ。もう警備はいいから、中に入りなよ」
「いえ…しかし…」
「それにさ、熾天使っていう設定なんだから、こういうのはもっと下の位の天使に…。いやそれよりもマジで警備なんて必要ないわ。ここ」
俺はそう言いつつ、外の寒さに耐えきれず家の中に入る。
ミカエルも、俺に手招きされると、泣く泣く外の警備をやめ、家の中に入ってきた。
「ミカエル。いつもご苦労様。ほれ、お茶」
俺は、沸いていたお湯で、お茶を淹れると、カウンターで座っていたミカエルにお茶を差し出す。
「あ、ありがとうございます。ガブリエルがこんなところで寝ていなかったら、もう少し喜びを体で表現するのですが…」
ミカエルの横で、よだれを垂らしながら寝ているガブリエルに、ミカエルは溜息を漏らす。
愚痴を垂れていた様子のミカエルだったが、自分のポケットから出したハンカチでガブリエルのよだれをふき取っている。
なんだかんだこういう光景が見れるのは、元々、ミカエルが優しい性格だからだろう。
「神様、先ほど私に使った魔法のことを教えてもらえますか?」
「ああ。鑑定のことね。人物とか物の詳細が見れるようになる魔法なんだ」
俺のその言葉を聞くと、ミカエルは、素晴らしいと俺のことを褒める。
まあ苦労したんだから今回は褒められても悪い気はしない。
俺は、その後も軽くミカエルと談笑していると、珍しく疲れ切った顔のルシファーが家のドアを開けた。
「主様、頼まれていた件、完了致しました」
「ありがとう。報告内容は後日でいいから寝てきなさい」
「はい。ありがとうございます」
ルシファーはそう言うと、重い体を引きずりながら2階への階段を上がって行く。
それを見送ると、ミカエルが口を開いた。
「ルシファーに頼んでいた要件とはなんですか?」
「この前、ルシファーがちょっとご乱心したでしょ?その時の禊っていうかね」
この前のあの一件。
俺にも、反省する点があり、サタンとルシファーには何もお咎めなしという結論に至ったわけだが、ルシファーは納得がいかず、俺に禊を要求した。
仕方なく、俺はルシファーの禊として、各地にある植物や動物、地形などの詳細な調査を依頼していたのだった。
「なるほど…。そうなのですね」
どこかミカエルは、俺のその言葉に寂しさを感じる顔をした。
そのミカエルの顔を見ていると自然と俺の口から謝罪の言葉が出ていた。
「ミカエル。すまん」
「神様!?なぜ謝るのですか!?」
「いや、最近、ガブリエルとルシファーに付きっ切りだっただろ?
ミカエルにはあいつらがいなかったころから世話になっているのに、お礼も言えてなかったからな」
「いえ…そんな…私は…」
ミカエルは、どんな顔をしていいか迷い、困惑していた。
俺は最近どころかずっと、ミカエルのことをどこか避けていた気がしてならない。
硬い性格に絡みずらいとか色々理由をつけて、ミカエルのことを放置していたと言われても、否定はできない。
(嫌いなはずのガブリエルを気遣うくらい優しい子なのに…)
俺はミカエルのほうを向き合い、自分の中の正直な気持ちをぶつけようとミカエルを見つめた。
「ミカエル。このあと、俺の部屋に来て」
いや、何を言っているんだ俺は。
別にお礼とかなら今言ったらよかっただろ。
これじゃあミカエルを誘っているみたいじゃないか。
口からつい出てしまった言葉に訂正をかけようとする俺だったが先にミカエルが顔を赤くし、答えてしまった。
「神様…それって…。はい…わかりました」
こうなっては訂正のしようがない。
今さら誘ったほうが断るのも野暮だろう。
俺は覚悟を決める。
そう、別に語らうのは、事が済んでからでも遅くはない。
俺は窓の外を眺めた。
夜はまだ始まったばかりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます