第19話 乱心創造
俺は、ずっと考え込んでいる一人の少女を気にかけている。
横目で、その様子を伺うと、どこかの探偵のようにも見えるその凛とした姿に、俺は思わず、声をかけた。
「ルシファー?どうした?まだ何か引っかかっているのか?」
俺のカウンターの席の隣で座り込んでいるルシファー。
俺は彼女の顔を心配しながら声をかける。
「いえ…はい…」
「今考えてることを言ってみな」
俺は極力優しく声をかけると、ルシファーは口を開いた。
「女性が生涯愛する男性は、もちろん1人で相違ないのですが、男性が女性を複数、愛してはならない理由がわからないのです」
やはり、先ほどのことで、まだ悩んでいる様子だった。
「お…おう…じゃあ男が女を何人も愛していい理由は?」
当然の疑問だ。
ハーレムものは嫌いではないが、当然こういう疑問も俺の中にある。
「わかりません」
きっぱりと答えたメイド姿のそいつは、テーブルに置かれた目の前のコーヒーを啜る。
俺はそんなルシファーに言葉を続ける。
「男は何人も愛していいのに女はダメって理不尽じゃないか?」
「はい…そうは思うのですが、自分の中で腑に落ちないのです」
複数愛してはならない理由ね…。
俺はその理由を自分の中でも考えてみるが、
あまりいい理由が思い当たることはない。
ルシファーには、自分の中でそういう考えがあったからこそ、ガブリエルがどこかへ行ってしまった時、俺に対して追いかけろと促したり、ガブリエルにバニー姿を進めたりしたのだろう。
俺はルシファーの隣で本を開く。
見るのはルシファーの設定の項目。
「んーじゃあさ。俺が変な女を捕まえて夜伽してたとしても、ルシファーは何も怒らないってこと?」
「はい。その女性を主様が愛しているのであれば、怒りません。そもそも主様が行うことに異論などありません。」
「そ…そうなんだ」
ずいぶんと俺にとって都合のいい頭ではあるが、本を見ると、ルシファーとサタンの設定項目には、“複数愛〇”の文字があった。
(なんだよ複数愛〇って…。てきとうにもほどがあるだろ…)
俺はこの文字が取り消せないかと、その項目に横線を引くが、その横線はスッと本から消えて行く。
ルシファーは相変わらず頭を悩ませているとふと俺はイヴの姿が目に浮かんだ。
「イヴのことはいいのか?」
「いい…とは?」
「イヴは女性でしょ?で、アダムのことを愛する予定なわけだ。でもそのイヴは、どこぞの悪魔に犯されたわけだろ?」
「女性同士はカウント外なのです」
「そ…そうなんだ…」
ずいぶんと頭の硬いルシファーに、溜息をもらすと、本に目を落とす。
あまりにも乱雑に書かれている設定に、俺は自分で書いたことながら、呆れる。
(姉妹っていうのはいいとしても、本来、同一人物にしようとしたからか、かなり設定が迷子だな)
長文で書かれている設定や一言二言で、てきとうに記載されているもの、先程の設定のように複数愛〇など、かなりてきとうに書かれているものもいくつかある。
俺はこの文章の羅列をあらかた確認すると、あることを決意した。
しかし、それを実行する前に、俺はルシファーの問題を先に解決することにする。
「ルシファー、まだ腑に落ちないか?」
「はい」
性格上、白黒はつけたい太刀なのだろう。
ルシファーは、俺の問いに真っ直ぐな視線で答えた。
「俺もお前の悩みを解決するのに協力したい。サタンをこの場に呼んでくれないか?」
「わかりました」
ルシファーは、俺の言葉に、頷くと、右手で指をパチンと弾く。
すると、目の前の外気が揺れ、その中心からサタンが現れた。
ちょこんとテーブルの上に乗ったサタンは、何が起こったのかわからない様子で辺りを見渡す。
「姉上、テーブルの上に座るだなんてはしたないですよ」
ルシファーは、サタンに声をかける。
自分で呼んだのに理不尽な物言いをするルシファーだが、
ルシファーの声を聞いたサタンはすぐにテーブルから降り、ルシファーの横に腰かけた。
まさか、こんな呼び方をするとは思わず、狼狽えるも、気を立て直すし、2人に言葉をかけた。
「じゃあ話を続けるぞ」
「ち、ちょっと待って!?」
俺の言葉を遮るサタン。
俺以上に狼狽えた様子のサタンだったが、ルシファーをちらっと横目に見ると、冷静さを繕いながら言う。
「急に呼ばれたと思ったら何の話をするつもりなのかしら?」
「ちょっとルシファーが悩んでるって言うし、そもそもサタンがアダム事件の実行犯だから。まだお仕置もしてなかったし。丁度いいかなと思って」
俺は最もな理由を並べると、
サタンはお仕置きというワードが気になったのかルシファーの様子を伺っている。
ルシファーは、依然として背筋を立てじっと目を瞑っていた。
そんなルシファーを見てサタンは黙って俺の話を聞くことにしたようだ。
俺は、サタンに、ルシファーが悩んでいることについて掻い摘んで話をすると、サタンは俺の話に悠然と答える。
「ワタクシも、人間を犯してはダメな理由がわかりませんわ」
サタンは目一杯、胸を張る。
肌の露出が激しいその服は、サタンが胸を張ると胸が溢れてしまいそうだ。
俺は、その胸の様子を見ていたかったが、ぐっと堪える。
サタンは続けて、俺に疑問を投げかけた。
「ワタクシは悪魔。人間を贄とするモノ。そもそもそこに罪悪感など感じないわ。そんなことワタクシが言うまでもなく、自分でわかっているはずでしょう?」
「まったくその通りだ」
俺はサタンの意見を受け止める。
ルシファーはサタンの意見をじっと聞いている様子ではあったが、何かを堪えているようだ。
よほど悪魔のことが嫌いなのか、同意見なのか、それはわからないがルシファーは眉間に深くしわを寄せている。
「ルシファー。どうだ?」
俺はそんなルシファーに優しく問う。
「この話しを解決するには、もう1人必要です」
ルシファーはそう言うと、急に立ち上がった。
その様子に驚いたサタンはひぃっと後ろに飛び退いた。
(いや、サタン君…そんなにびびってるけどお前ルシファーと同じくらいの強さだろ…)
俺は心の中で突っ込みを入れる。
「…主様、今から私がすることをお許しください」
そう言うとルシファーは、走り出し、家を後にする。
サタンと俺はそのルシファーの意外な行動に顔を見合わせたあと、後を追いかける。
猛スピードで空を駆けるルシファーの後を、必死になって追いかける俺とサタン。
追いついて止めることはできるが、こういう時、空気を読めないのわけではないので、俺はルシファーの後を距離を詰めないよう飛ぶ。
というかこの速さで飛ぶのは、物凄く怖い。
ガブリエルを助けに行った時も飛んだけど、あの時より頭が冷静だからこんなに怖いんだろうか。
俺がそんなことを思っていると、ルシファーが一人の男に猛スピードで近づいているのがわかった。
俺が追い付く前に、ルシファーがその男にレイピアを構える。
「アダム。私と夜伽が可能か?」
追いついた俺とサタンはその光景を後ろから見守った。
「で…できません」
「なぜ?」
アダムはイヴをすっと後ろに追いやり、ルシファーに真剣なまなざしで向き合う。
目の前にレイピアを突き立てられているのに勇敢なアダムはルシファーの問いに答えた。
「私の愛する女性は、生涯、イヴただ一人。そう決めたのです」
「なるほど。しかし、私のことも愛するようになる可能性は?」
「…私は、あなたのことをよく知りません。よく知らないものは愛せません」
「そうですか…」
ルシファーはレイピアを仕舞うと、アダムに謝罪し、こちらに振り向き、歩みを進める。
その場にいた全員が息を呑むと、俺の目の前で歩みを止めた。
「ルシファー、それで…理由はわかった?」
「はい。わからなかったです」
そう言っていたルシファーの顔は、先ほどまでと違い、少し晴れやかだった。
俺はその顔を見て、安心し、アダムの顔を見る。
アダムはまだイヴを庇い、自分が盾になっているようだった。
「アダム。末永く幸せになれ」
「は…はい」
俺の言葉にアダムは茫然と返事をする。
これで一件落着なのかと安心していた俺だったが、俺の後ろから憎悪に満ちた声が溢れている。
「何よこれ…何よこれ…反吐が出ますわ…」
その声の主に俺は思わず振り返ると、そこには目を光らせ、黒いオーラを纏ったサタンの姿があった。
「おい。サタンどうした?」
「どうしたもこうしたも、ワタクシを呼んだ理由はなに?この胸糞悪いハッピーな空気を見せつけるため?こんなの耐えられるワケないでしょう」
ルシファーが俺の前に咄嗟に出るとサタンにレイピアを構える。
俺に下がるよう、ルシファーが警告すると同時にサタンが怒り声をあげた。
「あーもうやめやめ。ごっこ遊びはもうやめ。おい。そこの男。何恰好つけてんの?ワタクシが上に乗ってた時は、すっごーく興奮してた癖に」
サタンが、纏っていたオーラが大きくなる。
そのオーラは俺たちを攻撃するかのように覆い被さる。
「ち…違う私は!!」
アダムはサタンの荒げる声に対抗するも、がくがくと足元は震えていた。
やはり、サタンは悪魔だ。設定上、最強に近い能力を持った悪魔なのだ。
アダムが今立っていられるのもルシファーが咄嗟に展開したシールドのようなもののおかげだろう。
「へぇ。へぇ。それならまた証明してあげましょうかぁ?男はただ犬のように腰を振る浅ましい生き物だってことをさ」
その声と共に、どんどんと辺りが黒くなっていくのを感じる。
サタンが何か呪文のような言葉を呟くと、
一面の景色が見る影もなくなり、まるで黒い空間に閉じ込められたようになる。
(こんなことできたっけこいつ…)
俺は、本を開こうと手元を見る。
しかし、本を持ってくるのを忘れていることに今、気が付き、焦る。
(頼れるのは己が開発した魔法とルシファーだけってこと?かなりやばくない?)
俺がまさか自分で生み出したキャラクターに怯える日が来るとは…
いやよく考えればドラゴンの時もそうか…
俺は、アダムのように震える足をぱんぱんと叩くと、自分を保つ。
アダムとイヴはすっかり腰の力が抜け、地面にへたり込んでいた。
「主様。これは姉上の固有結界です」
「たぶんそうだろうと思った」
何も覚えていない俺はルシファーに話を合わせる。
(固有結界なんて設定、創ってないよ…絶対…)
俺は頭の中をぐるぐるさせるが、一向にサタンの設定が頭に浮かばない。
「ルシファーちゃん?お姉ちゃんの言うことは聞くべきだよねぇ?」
「私は天使。神の遣い。姉上であろうと容赦はしません」
その言葉と同時に2人がぶつかり合う。
ルシファーのレイピアとサタンのハンマーが激しく音を立てるとものすごい衝撃が、辺りを包む。
このままではまずいと必死になり、牢獄や煉獄をサタンにかけようとするが、
この固有結界と呼ばれたところでは、魔法の発動が除外されているようで魔法陣が展開できない。
俺は見様見真似で、ルシファーと同じシールドのようなものを張ると、アダムとイヴに被害がないよう庇う。
(なんとかシールドみたいなやつはできたけど、他はどうすりゃいいんだ)
目の前で行われている戦闘を見守ることしかできず、立ちすくんでいる俺は、アダムに声をかけられた。
「私は、ここで死ぬのでしょうか…」
震えた声で言うアダム。
目の前で行われているその戦闘は、アダムにとって死を予感するほど激しいものなんだろう。
レイピアとサタンのハンマーがぶつかり合う音が聞こえるたびに、身をぶるっと震わせている。
俺だってアダム達を死なせたくはない。
「主様!!何か魔法を!!」
ルシファーが俺に、何かを求めている。
無茶ぶりもいいところだ。
確かに俺は魔法を、これまでも1人でこっそり制作はしていた。
ただそれは、こんな状況で使えるようなものじゃない。
「ルシファーちゃん、余所見なんて余裕あるのねぇ?」
サタンは、ハンマーを軽く宙に振ると、そのハンマーからルシファーに向けて魔法を放つ。
その向かってきた魔法を苦しい表情で、受け止めたルシファーは、その魔法を捌き切ると、膝を地につけた。
「天使もワタクシの結界の前ではゴミ同然ねぇ」
ルシファーの様子を見たサタンは高笑いをする。
「主様、姉上は本気のようです…」
いや見ればわかる。
目がやばいもの。あれは本気で怒ってる。
「すまん。こんな時に言うことじゃないかもしれないけど、今本がない」
俺はルシファーに事実を述べる。
無能な主ですまない。
「主様は、全知全能。出来ないことなどありません…」
ルシファーは、ボロボロになったレイピアを立て、そのレイピアを軸になんとか立ち上がる。
「ミカエルとガブリエルを待った方がいいんじゃないか?」
「この結界は、外からでは破れませんよ」
ルシファーはレイピアをサタンに構える。
「私もこの結界の前では力が思ったように出ません…」
「俺はどうすればいい?」
「魔法を創ってください。この結界を打破できる魔法を」
俺は、ルシファーの言葉に二つ返事で答えると、ルシファーは、天使の羽根を広げた。
「へぇ…まだ何かするつもり?相変わらず生意気な妹ね…」
サタンは呆れ気味にそう言うと、もう一度ルシファーに魔法を放った。
ルシファーは使い物にならなくなったレイピアをその場に捨てると、自分の天使の羽根を引きちぎり、その羽根で、サタンの魔法を受け止めた。
俺はその光景を眺めると、覚悟を決める。
やることは一つ。俺は頭をフル回転させた。
(異世界転生ものを思い出せ。主人公達はどんな魔法を使ってた?炎か?風か?水か?氷か?こんな時何を使えばいい…?)
発動できるかもわからない魔法を創っても仕方がないんだ。もっと強力な魔法を創らないと…
(何かアイデアはないか?)
辺りを見回すがそこにはただ黒い空間が広がっている。
「うっ…」
ルシファーはかなり苦しそうな様子で、サタンの攻撃がこちらにいかないよう、受け止めている。
その背中を、眺めていると何か自分の中でその姿に既視感を感じた。
(何だっけ…こんな光景見たことあるような…そうか…俺の漫画でこんな場面あったな)
いや、今はそんなこと考えてる場合じゃ…。
ん?待てよ…
俺は1つ、この状況を打破できる魔法を思いついた。そうだ。あるじゃないか。
俺のお気に入りの主人公の魔法。
そう思い立ち、発動するかもわからない魔法をサタンに向かって唱える。
「【幻想創造世界】(トリックワールド)」
俺がその呪文を唱えると、サタンの固有結界の内部から、新しい結界を張るように、俺の手から放たれた紫色のオーラが辺り一面を覆う。
「なに…これ…?」
驚いたサタンはルシファーへの攻撃の手を止める。
紫のオーラは、黒い結界を通り抜けると、結界を打ち消し、その結界を上書きする。
サタンは、その光景を眺めると、どこか上の空になっていった。
「主様。この魔法は、なんでしょうか」
ボロボロの姿で、こちらに近寄ってくるルシファー。
俺はこの魔法についての解説をルシファーに述べた。
「これ、俺が昔描いてた漫画の主人公が、最後に使う魔法でさ。
なんていうか、説明が難しいけど、敵の技と魔法を無効化しつつ、敵を幻想の世界に閉じ込める魔法みたいなもんかな」
説明していて恥ずかしくなる俺だが、昔の主人公に助けられたのは確かだ。
素直に、昔の俺に感謝を贈っておくとしよう。
もし、魔法が発動しなかったら、ものすごく恥ずかしい目に会う所だったがきちんと発動してよかったと安堵する。
「牢獄や煉獄に少し似ていますね」
「ああ、それは確かにそうかもしれない。でも、拷問とかしないから安心してほしい。これは、和解の魔法だし…」
なぜか発言するたびに恥ずかしいことを言っている気がしてならない俺は、アダムのほうを振り返ると、アダムは俺のことなど気にせず、イヴの心配をしていた。
「とりあえず、アダムとイヴは安全なところに避難させよう」
俺は気恥ずかしさが隠せなくなり、ルシファーにそう言うと、アダムとイヴに声をかける。
森の奥、綺麗な湖がある場所までアダムとイヴを送ると、精一杯の感謝の言葉を述べ去って行く2人を見送る。
先ほどの場所まで戻ると、女の子座りで、膨れているサタンの姿があった。
「何なの。あの出鱈目な魔法。ワタクシのいいところが台無しじゃない」
「主様の慈悲の魔法です。姉上は、地界で反省していなさい」
ルシファーがサタンに向かってそう言うと、サタンは、ぷるぷると震える手で指をパチンと弾くとどこかへ消えて行ってしまった。
「まあ一件落着なのか?」
俺は天を見上げながらそう言うと、
目を閉じ、これからのやることを考えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます