殺し屋 8
空き家へと走り去った少年の背中を見送り、バレットは銃を手に持つ。
広場を覗くと、青年の姿があった。
派手な装いで、銃口をこちらに向けている。顔は恐怖に怯え、銃を構えた手は震えていた。見るからに、銃の扱いには慣れていない類の人間だ。
――彼は、誰かに利用されているのか。
バレットは青年の足元を狙って、発砲した。
消音器を取り付けてあるので音は抑えられているが、威嚇には十分だった。広場の青年は一瞬、何が起きたのかという顔をしたが、視線を足元に落とし、自分が狙われたのだと理解すると、銃を持ったまま、すぐさま奥の通路へと逃げ込んだ。
どこか近くに隠れている仲間はいないのか、という可能性を考慮して、バレットは辺りを警戒しながら、彼のあとを追う。
どうやら逃げ足は速いらしい。奥の通路を覗いてみるが、すでに姿は見えなくなっていた。
バレットは銃を握り直し、通路を進む。
どれだけ走っただろうか。辿り着いた先には、見知らぬ建物があった。
背が低く、横に長い造りで、この住宅街の奥地に潜む秘密基地のような風体だ。
何かの集会所だろうか。西区にこんな場所があったなんて。
入り口らしき扉は施錠が外され、開け放たれている。というより、扉が半壊しており、誰にでも出入りが自由となっていた。
何年か前に閉鎖したのか。しかし、その割にはまだ清潔感があって、つまり、誰かしらが利用している形跡がうかがえた。
ここに、先ほどの青年は逃げ込んだのか。
――いや、俺の予想だと、中にいるのは彼だけではない。
建物に入ろうとしたところで、ふと、あの少年の後ろ姿が頭をよぎった。
バレットは、入り口より手前で足を止める。
――俺は、あの少年に、あえて伝えなかったが。
その判断が、正しかったのかどうか。
バレットは気づいていた。あの少年が、何者であるのかを。
だが、そこに干渉するつもりはなかった。
広場にいた青年との会話を、偶然、聞いてしまった。そして、感じた。彼らは、関わり合う必要がないと。互いのことを知らないまま生きていくのが、いいのだと。
特に、あの少年からしてみれば、十年もの間、父親が行方をくらませていることになる。
ならば、すでに、乗り越えているはずだ。形見であろう聖剣を王都にまで探しに来ていることが、彼なりの覚悟の表れなのだ。前を向いて、立派に歩こうとしている。だから、水を差すようなことはしない。
生きている父親が、人間を捨て、復讐の死神に成り果てているだなんて、知りたくはないだろう。かつての父の姿はどこにもないという悲しい事実を、今更、目の当たりにしたくはないだろう。
コトリは、十年前のあの夜、息子の目の前で人を殺したと言った。
その姿が、少年の目にどのように映ったかはわからないが、少なくとも、思い返して気分のいい光景ではなかったはずだ。
自分が彼の立場ならと考えると、尚のこと、忘れたいと思う。
空を見上げると、黒の背景に白い点が目立っていた。夜が明ける気配はまだない。
まだ終わらないのだ。あの男が、自分の過去に決着をつけるまでは。
建物の中は、一本の狭い通路だった。明かりはなく、暗くて奥までは見通せないが、話し声が聞こえてきた。
辺りはしんとしているので、声は建物内に響くようにして、バレットの元まで届いた。
聞き覚えのある声だ。やはり、彼らはここにいる。
バレットは声のした方を目指して、進む。
長い通路の途中、右手に現れた扉から光が漏れているのを見つけた。
その部屋の扉には鍵がかかっていなかった。手で押すと、きいと音を立てて開く。
バレットは銃を握り直し、部屋に飛び込んだ。
最初に、コトリの姿が視界に入った。
向かいの壁際には、彼らもいた。
——私にはまだ、やるべきことがある。
コトリの言葉を思い出す。
ここで、決着をつけるつもりのようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます