情報屋 1

 今日はおかしな客ばかりやってくるな、と、タケミは溜め息をついた。

 デスクに肘をつき、手で眼鏡の縁をとんとんと小突く。

 仕事柄、一癖も二癖もある客を相手にするのには慣れている。そもそも情報屋として売っているのはあくまで裏の社会にのみであって、つまり情報を買いにくる者たちも、裏の社会に繋がりのある者たちだ。秘め事の一つや二つ、あって当たり前の世界を生きている。立場も特別な場合が多い。必然的に、毎日、おかしな連中を相手にしていることになるのだ。

 時々、噂を聞きつけた一般人が、冗談半分のつもりで来店することもあるのだが、そういった素人は一目見ればわかるし、やり取りしているうちに程度も知れる。その時は大抵、しらばっくれている。しつこいようなら、雇っている見張り役の男たちに対処してもらっている。

 だが、今夜、店を訪れた者たちは、また違った。特殊な境遇にある様子だという意味で、癖がある。

 なぜか、皆、十年前の事件と関係があるらしいのだ。

 聖剣を探しているという少年。母の仇を追う殺人鬼。ひとりの少女を執拗に付け回す派手な服の青年。

 そして、先ほど、少年が再び訪れた際、ちょうどタイミングよく来店した、あの女性。今は確か、若い殺し屋の仲介業をしている者だ。

 少年を連れて出て行ったが、もともと情報屋としてのこの店に用事があったに違いない。彼女は、何を求めていたのだろうか。

 タケミの視界いっぱいに広がる資料には、十年前のことばかりが記されている。

 しかし、必要な手掛かりが見つからない。これでは情報屋失格ではないかと内心で自分を毒づきたくなる。

 彼女は今、頭の中にとある推測があって、それを裏付けるための証拠を探していた。

 それは、十年前の夜に起きた出来事。

 王都で起きたいくつかの奇妙な事件。

 聖堂の火災。裏社会グループの裏切り者。某商会の会長がみせた不審な動き。

 それらを繋ぐ、とある男の正体。そして、彼がかつて請け負った任務の秘密。ここに何かが隠されているはずなのに。

 駄目だ。情報が足りない。

 事件を一つ一つとして見るのであれば、売り出せるくらいの量にはできるのだろうが、すべてを一つに繋げて物語にするには、空白の部分が重要な意味を持つようになる。その部分を想像力で補うことが難しいとなれば、全体像が見えなくなる。集まったパーツがすべてが間違っているようにさえ思えてくる。

 タケミは、資料の束をデスクの端に動かし、立ち上がる。

 静かな店内を歩き回った。

 情報。情報。情報。

 ここで調べることは調べ尽くした。ずっと使っている資料の束やまとめてあるファイル。頭の中に入っていることと、まだ知らない出来事。

 十年という膨大な時間の中に埋もれて忘れ去られてしまった真実。

 すべてを明るみにするためには、ここだけでは足らない。

 気分転換が必要だ。

 ずっと同じ場所にいては、考え方も偏ってしまう。

 タケミは、店の奥にある小部屋に向かい、衣装棚から薄い藍色のコートを引っ張り出してきて、羽織った。

 子どもじみた格好ではあるかなと、自分で見て思った。

 低身長とおかっぱ頭。おまけに童顔に見える丸メガネは、初対面の相手に、幼く思わせる効果があるらしい。

 あまり外出はしたくないのだが、行くべきところがあるので、やむを得ない。

 中央区にある図書館。

 タケミの情報屋と違い、公然と図書を扱う場所としてあるので、真に得たい情報はないかもしれないが、そんな場所だからこそ、情報屋にはない魅力もある。

 想像力の結晶。つまり、おとぎ話の世界。

 ここから先に進むには、「聖剣」ついての情報が重要になってくる。

 まずは、知るところから始めよう。

 彼らの描く物語には、読み手が必要なはずだ。

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