死と弔辞

 いちふなずしくすころに、かまたりところがあるのをおぼえて、くすしょほうもとめた。しかしくすりせず、やまいはようようこうこうはいむようで、ふゆじゅうがつになるととこはらうこともなくなった。

 とおおうみノみかどてんともなって、かまたりすえはらいえ行幸みゆきし、みずかわずらところうた。

おそれながら、けだしなおらざるべし」

 てん頓首のみしてそううのを、まくらあたましずめたままのかまたりいた。みかどとおこくにでもくすりいのか、あるいは蝦夷えみし粛慎みしはせなどのばんぞく使つかやくそうにでもものがあるまいか、などとせんいことを、このしゅっしんてんたずねてはいたが、のぞむようなこたえがられないことをると、くじけたもののようにしばらくえつらし、ようやくそうりょんでやくにょらいいのちうた。

 あくこうけんあらわれず、やまいはいよいよおもるばかりであった。

「もしのぞむものあらばまおせよ。なににてもすぐにらさむ」

 とみかどまくらもとたおむほどにしてみことのりするのを、かまたりをつむったままでいた。そして、

やツかれすでにてざりき。またまおすべきことし」

 とこたえ、

「ただみほとけをのみ」

 とえようとして、すっとねむりにちる。


 じゅうにちあさおおしまノみかどおおつノみやされて、かまたりらせるものってすぐすえはらくようにとめいじられた。おおしあにあおぐと、まるでしゅじんうしなったいぬのように、そわそわとしてやすらがぬようである。このまえのようにみずかこうとしないのは、おそらくこのおとうとかまたりにくんでいないともういちたしかめたいため、それににそうなかまたりるのがこわいのであろう。

 みかどは、かまたりわりにそばいているなかとみノむらじかねがせて、ものおおしわたす。

 おおしにはもとより、たいがいのことではあにさからうこころく、またかまたりさい姿すがたておきたいというちもあって、それをそのままけて、ものがノおみやすというものたせてともとし、うまって西にしかった。


 すえはらいえで、

やまいゆえせたままにてかむことをゆるす」

 というこえいてかまたりまぶたげた。こえぬしは、おおしまノである。ともものめいじて、みかどしょうしょげさせる。ふたたまぶたじてく。

「……ゆえに、なんじだいしきこうぶりおおおみくらいさずけ、くわえてうじたまいてふじわらノうじとす」

 やすかまたりまくらもとひついて、そのふたひらいてなかものしてせる。それはかつてかまたりあんさだめた、かんせいもっとじょうとなるだいしきかんである。

おおおみ!)

 とかまたりはまたまなこひらき、そのこうぶりあたまけてくれるようにと、うごかぬしたいてうごかし、こえしぼして、ともものこんがんする。やすほうをちらりとてから、だいしきかんかまたりあたませ、ひもあごわえた。

 おおおみである。これであのわかかりしのぞんだものは、ひとつもあまさずはいったのだ。

 それだけのことをませると、おおしまノはすぐにき、ひづめおとってった。きゅうしずけさにつつまれたどこで、かまたりはハッといた。

(よもや)

 あのふなずしに、おおしまノどくふくませ、とおちノで、このかまたりわせたのではないか。そうでなければ、こうもきゅういたるものであろうか。

(いや)

 しかしはしためさけぎるとったことをかんがえれば、もっとまえからからだわるいものがひそんでいて、それがかおにでもていたのかもしれない。

 まあいさ。いまからではたしかめようもい。

よわい五十いそぢあまりむつ

 とじんせいとしかぞえる。けっしてながきとはわれないが、まあぬのにはやとしでもない。

 あまながきてはそのうちだれかにころされぬでもないし、いまならばずにまんぞくしてんでしまえるのだ。ゆいいつこころのこりは、みかど寿じゅりょうやましなでらかんせいないことだが、これは従弟いとこかねあとのことをたのんであるから、しんぱいするほどのこともあるまい。


あきかぜに やまぶきのの るなえに あまくもける かりにあえるかも


 ろうつたえに、ひとねばたましいとり姿すがたをしてるとう。このかまたりもしばらくかりれにはいってとどまり、らいねんはるにどこかへわたっていくのであろうか。

ふじわらノかまたりノおおおみ

 それがとしてのちかたつたえられるであろう。


 すえはらきたかがみやまみなみに、もがりこされて、かまたりひつぎあんされた。じゅうにちあさみかどがノおみあかなかとみノむらじかねれて、すえはらいえ行幸みゆきする。くなりみかどひとつにがって、ふですみたせて、ひとばらいをしてもった。かねあかにわひかえている。

 みかどはいったまええんがわに、にわのぼりをするためのかいだんけられている。へい、というのは、てんのぼかいだんし、そのたもとを、

へい

 とう。いまはそのへいかねうずくまって、こうていみことのりっている。みかどはしばらくそわそわとしてぶんあんさだめかねているようであったが、ようやくかたむくころになってかねれ、そのしゅちょくあずけた。かねふたたにわりると、しょうしょつつみをあかまえして、

みかどかれては、ふじわらノおおおみめぐみみことのりたまうと。ひつぎまえにてげてつかわせとなり」

 とせいつたえる。あかいちもなくそれをり、べにえるようなをがさがさとけてもがりかう。さてぶんしょうというのはかんくものであるから、ろうしょうせよとならばやまとことばやくさねばならない。やくようあらかじかんがえておかねばならないから、したみをするひつようがある。

 つつみをいてそっとしょうしょひらくと、みかどつねしゅせきにはず、まだうるおいをのこしたすみかたちは、がくがくとみだれてよわよわしいえがいている。あかあたまくだしながら、そのならびをう――


 ――なんじかまたりらぬたちまちにしてみまかりぬること。

 なんすれぞあめひとほろぼしつるぞ。いたきかもかなしきかも、れをててとおくこと。あやしきかもしきかも、れにそむきてながはなれること。

 なんとするぞわかれのことばなんとするぞおくりのことばことわざにあらずここにまことなる。

 かつてたずさえてともをなし、もちいればこころさだまりて、かれこれするにうたがうことかりき。国家くにことちいさきとおおきなるとなくともめて、やすまりしずけくして、よろずたみうれうることかりき。

 まさにここに弔辞しのびごとおくるべくも、ことばまことらざるべし。

 嗚呼ああ々々ああ奈何いかに々々いかに

 かつてきみ朝廷みかどことけば、たみおのずとさちありき。うちうちまつりごとあげつらえば、かなられといき。これまことせんざいいちぐうなり。しゅうぶんおうしょうまかせしこと、かんこうちょうりょうたること、いずれもふたにはおよばざるべし。

 ゆえあさゆうにぎり、でてくことなく、りするにくるまおなじくして、あそびてもいやまうことありき。

 しかしておおきなるかわいまわたらざるに、ふなかじすでにしずみぬ。おおきなるいえもといえざるに、むなはりかくもれぬ。

 たれとともにくにらすべかるや。たれとともにたみおさむるべかるや。このおもいにいたるがごとに、いたみはいよいよふかまりける。

 ただしぬることは、このうえなきおおきなるひじりにてもけえぬことときて、すこしくやすらぎをつ。

 もししてなおたましいあらば、さきみかどおよびきさきみことまみえることをて、

さきみかどりしに、おうあそたまうところ、なおむかしごとり」

 とまおたてまつるべし。れこれをるがごとに、いまだかつてきわこころやぶらざることなし。ひとあしわすれず、かたことのこさず、あおぎてはそのいきおいのぞみ、してはふかうるところなり。

 くわえて、いえほとけるには、かならほうというものあるべし、ゆえがねこうたまう。このこうちて、なんじねがいのごとくして、かんのんさちみちびきにより、そつてんほとりいたるまで、ろくみょうせつき、あさゆうな、しんにょほうりんてんぜむ。

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