帰風吹く

がもとにかえるべし。さまであせることなし。いずれにしもあとりとせむものを」

 というははたから皇女ノみこからのことづてを、大海人おおしあま皇子ノみこなか大兄ノおおえ皇子ノみこげる。そろそろままをするげんきたろう、そういそぐことはない。なんじせいなんたるかをらぬから、もどってればとくとおしえてやろう。おとしくしていれば、そのうちあとめいしてもやろう、とうのである。

われすでにははけりか)

 ははけた、というかんじょうなか大兄ノおおえこころおおわれそうになる。いままでおもくことをすべてしても、まだははうでなかからけられないというじつが、このまえるのだ。それをみとめたくない、というかんじょうれんれんあらがう。かまたりよ、なんとかってくれよ、たすけてよ、とはたいめんじょうそうはえない。

 わたりにふね、とかまたりかんがえた。いまはすっかりまりになってしまっているわれわれである。たから皇女ノみこさそいにれば、しばらくかんかせいで、つぎじゅんすることができる。それにはなか大兄ノおおえなっとくさせねばならない。

「まだおおみとし二十はたちあまりやつ

 かまたりはそう、なか大兄ノおおえみみちをする。はまだわかくあらせられる。父君ちちぎみおういたよわいまでもまだじゅうねんはある。難波なにわノみかどさきはもうながくなさそうだとてんからいていることだ。いまはかりそめにもははぎみこくしゅみとめることもひとつのではないか。

ゆるす」

 かまたりがそううなら、それもれよう、となか大兄ノおおえって、ひとまずははとのかっとうをすっとわすれた。難波なにわノみやたたまねばならない。

ねがわくはやまとみやこうつらまくをほりす」

 みかどにはそう飛鳥あすかかえることをげた。みかどはもう何処どこへもうごきたくなかった。いままで難波なにわノみやくわえるごとに、あちこちにかりみやもうけてうつされることにはほとほとつかれた。それがやっとわったとおもったのに、いまさらもとところもどるなどとはひどはなしだ。それよりもここでそうみんだいとむらい、そしてほとけねんじてこのむかえたいのである。

 なか大兄ノおおえ難波なにわノみやからおおくのかんじんひきいて、飛鳥あすかげた。かつてははみかどきさきとしてらせたはしひと皇女ノみこれてった。


かなきけ こまは せず こまを 他人ひとつらむか


 がらりとしてひとすくなくなった難波なにわノみやで、みかどはどこかでいたうたつぶやいた。そしてくらい退しりぞこうとい、のこったわずかなきんじゅらにはかる皇子ノみこばせた。


 としして、はくとしはるしょうがついつたから皇女ノみこかまたりだいこうぶりさずけ、おおおみなみたいぐうあたえた。むらさきいろこうぶりむかしからおおおみくらいしょうちょうし、かつては蘇我そがノおみどくせんされたものであった。かまたりにとってはまさにいる鹿からうばうべきであったものである。しかしかまたりなか大兄ノおおえまえで、そのよろこびをかくして、はじしのぶかのようによそおう。なか大兄ノおおえはそのたいて、かまたりははげられるというおそれをした。

 さんがつ新羅しらきじょおうしゅっきょし、しゅんじゅうってこにきしとなったとのいっぽうつたえられた。これとどうに、げんらのけんとう使は、このはるちょうあんこうていいんけんされたということもこえた。

 あきしちがつ新羅しらきノくに使しゃつぬみなとはいった。この使せつすうにんやまとノくにものともなっていた。それはせんねん難波なにわからけんとう使としてち、なんしてんだとおもわれていた吉士きしノなが吉士きしノこまらであった。ながらはきていた。そのわり、

高向たかむくノふびとげん大唐もろこしにしてみうせぬ」

 というしらせをってた。ながらはいたながたびつからせたげんから、たから皇女ノみこへのふくめいたくされていた。ながらは板蓋宮いたぶきノみやのぼ御前ごぜん頓首のみして、このかんのことをかたる。

 いわく、げんこうていじかまみえ、さんしたはくのうなどの土産みやげけんじょうした。こうていくにふうぶつくにかみなどをい、げんわれるままにすらすらとこたえた。こうていぶんしょほうもつなどをおおかいされた。

 ぶんたちとはえば、ふねどうよう薩麻さつまノくにおきなんして、なんにんかがみなみしまただよき、それからどうにかしまづたいにしてくれくにいたった。げんはすでににっとうしていて、ぶんたちはせいしき使せつとはみとめられなかった。げんこうていにそのじょうせつめいしてくれたので、すくわれてちょうあんれてかれた。ほかにもなんにん辿たどいたじんがあるとそくぶんはしたが、くわしいところからず、ほんとうかどうかもらない。

 げんはそのびょうになり、ぶんたちに飛鳥あすかかいしなじなとどけるようにのこされ、そこでかくした。ぶんたちはりゅうがくぐみわかれてこうくだり、新羅しらきみちってかえってた、と。

 たから皇女ノみこふためてたびくるしみをいたわり、かんおおきくしょうしんさせたうえくれせいさずけてくれ吉士ノきししょうさせた。

かえらずもがもな」

 いまさらもどってなにになる、いっそんでいたほうかった、となか大兄ノおおえひそかにどくく。かまたりきていたなかじょうがいたかどうかなどかんがえもせず、ただ難波なにわにはかえらなかったながらをうらんだ。


 たから皇女ノみこじっけんかえしながらも、さきいそがない。まだせいしきそくはしていないのである。そもそもおんなおうそうぞくするには、おなだいおとここうき、かつつぎだいこうじゅうぶんせいちょうしていないことが、げんそくとしてもとめられるのがむかしからのかんしゅうである。それをやぶってはされない。

 なか大兄ノおおえかまたりとしたことはすべて、このははにはごういことであった。おうけんぶんたんしゃであった蘇我そがノおみぼつらくさせたことで、けんりょくはよりおうしゅうちゅうする。だいひっとうであったふるひと大兄ノおおえしてくれた。なか大兄ノおおえしん難波なにわせいけんせいこうしなかったことで、まだこっくんうつわではないとみずかしょうめいすることとなった。おとうとかつされてつかて、寿じゅみょうちぢめたようである。

 ふゆじゅうがつ一日ついたちたから皇女ノみこおとうとしておもいとき、なか大兄ノおおえらをれて難波なにわノみやった。とおかる皇子ノみころくどうりんみちかえった。じゅうがついちれんそうえると、たから皇女ノみこはすぐ飛鳥あすかしてみちかえした。

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