初めての殺人(下)

 いしかわノは、蝦夷えみしはんげきがあろうことをそうして、ぜいあつめてしま殿どのかためた。そしてかんじゃって蝦夷えみしうまかしいえさぐらせたが、あさまでにったうごきはられなかった。このよるあいだかまたりにとってかいだったのは、あのせノとこだノおみいる鹿にばかりへこへことあたまげていたやつが、ざとせいへんすうさっして、このじんもんくわわったことである。いまとこもこのかまたりに、いちもくかねばならなくなったのだ。

 よるけると、かまたりなかノおおえノいて、いしかわノうまかしノおかかこませ、蝦夷えみしいえとおきにした。ひとっている鹿しかばね蝦夷えみしあたえたが、しばらくしてそのいえからけむりがるのは、しょくきをするものとえた。しかしやがてせっこうもどって、

おおおみいえものとともにきてみまかりぬ」

 としらせた。くとそのいえからている。あわてたのはいしかわノであった。蝦夷えみしいる鹿ころせば、ざいすべぶんはいるとおもっていたのに、やされてはどうにもならない。ものせとひとほのおなかかせたが、わずかばかりのしょもつひろげたのみであった。


 さんよっつと、ことうわさとなってひとびとられているはずである。かまたりはなしがどうつたえられているのか、ぶんみみたしかめたくなったので、なみたびびとくらいのよそおいにつつんで、ってみることにした。商人あきうどものひろげるところには、げいにんってきゃくせをすることがよくあるものだ。

はやしノたいろうなかノおおえノみことによりてられぬること

 とひとだかりのなかこうしゃくはじめるものがある。はやしノたいろうとはいる鹿のことである。けんたいくらはしノみやではなく、飛鳥あすかいたぶきノみやだということになっている。

つちノえさる百済くだら新羅しらき高麗こまつのくにより、てんのうもの献上たてまつることありけり」

 さっそくのことでちょうはいっている。さんこく使しゃちょうていはいすると、てんのうおお殿どのなかすわってのきのぞみ、ふるひとノおおかたわらにはべっていたとう。なかとみノかまたりノむらじは、はやしノたいろうせいかくだんなく、つねたちいていることをっていた。そこでじょろうたいろうひかえるところかせ、あざむいてたちあずけさせた。

たいろうわらいてたちき、りておおおみしきいはべり」

 そこでちょうしゅうなかからげいにんなかがはっとあらわれ、おもとうじょうじんぶついてさいげんする。くらノやまだノろノおみが、すすさんこくじょうひょうはじめる。このときなかノおおこのつかさめいじて、じゅう宮門みかどざしてひとりしないようにさせた。えいへいにはほうらそうとしょうして、ひとところあつめてとどめ、さまたげにならないようにした。そして、

なかノおおみずかながほこりて、おお殿どのかたわらにかくれたり」

 とうのだが、ながほこなどっていては、かくれるのに便べんかたがあるまい。しかしえんてとしてはかりやすい。かまたりゆみってなかノおおたすまもった。はこれたふたつのたちを、えきノむらじわかいぬかいノむらじあみさずけて、

努力努力ゆめゆめひといきころすべし」

 とめいじた。らははらごしらえにかゆのどながんだが、じけてしたので、かまたりしかけてはげました。こんなことをしていては、とてもかくれてはられまいが、そこはそれしばである。ちょうしゅうはなるほどとっている。

 やまだノじょうひょうげがもうわろうとしているのに、らがまだぼうりゃくどおりにないことにおそれて、ゆびさきまであせながして、こえみだふるえた。たいろうあやしんで、

なにゆえふるわななくぞや」

 とうと、やまだノ

御前おおみまえちかけるかしこみに、不覚おろかにしてあせずる」

 とこたえた。なかノおおらがたいろういきおいおそれ、逡巡しりごみしてすすまないのをて、

「やあ」

 とさけんでし、ともにそのて、たいろうあたまかたける。たいろうおどろいてつ。がそのかたあしやぶる。たいろうころがりんで、てんのう頓首のみして、られるべきつみらない、あきらかにしてください、とう。てんのうおおいにおどろいて、

ところゆえらず、なにごとかありつるや」

 となかノおおう。なかノおおして、

くらつくりたるや」

 くらつくりというのもいる鹿のことである。

いかるがノみやほろぼしてくにかたむけむとしつ。なにすれぞ王孫おおみまもちくらつくりえむや」

 ともうげた。てんのう起っ殿とのうちはいった。あみたいろうころした。あめちてちょうていみずあふれた。いる鹿しかばねむしろかれた。ふるひとノおおはしってきさきみやはいり、

からひとくらつくりノおみころしつ。こころいたし」

 とってねやもり、もんざしてない。

 なかノおおほうこうはいり、豊浦とゆらノおおおみそなえてじんいた。豊浦とゆらノ大臣おおおみというのは蝦夷えみしのことである。およそもろもろ王子みこおみむらじどもがそろってしたがった。ひとつかわしてたいろうしかばね大臣おおおみあたえた。

 よくじつ大臣おおおみうちせまっているのをって、みずからそのいえくらけた。ふなノふびとさかというひとがあって、なかからくにツふみというしょもつって、なかノおおほうけんした。

 そのつぎてんのうなかノおおくらいゆずろうとおぼして、みことのりしてしかじかった。かまたりなかノおおに、かるノ叔父おじであるのでゆずることをすすめた。なかノおおはそのけんふかよみして、ひそかにてんのうもうげた。てんのうかるノいんじゅさずけて、そのくらいゆずろうとした。

 かるノさいさん退たいして、ふるひとノおおこそさわしいとった。ふるひとノおおびのいてしきいり、

てんのうみことのりしたがうべし。なにすれぞいたわしくしてやツこゆずらむや。やツこしゅっしてよしはいり、ほとけみちおさめて、くにたすまつらむ」

 とうとかたないでつちて、ひげってまとった。これによってかるノすることをず、だんのぼってきみくらいけたのであった、とげいにんかたった。

 まあもっともらしいはなしだ、とかまたりかんしんする。じつところいる鹿ころしたときのことは、よくおぼえていないのである。ただふかあかさと、そのにおいだけが、ありありとおもかぶ。かえはないものだといていたが、このかまたりにははちみつのようにあまかんじられた。それはなかノおおおなじようにおもっているようであった。

 こうしゃくを、おおむねしんじつあらわされているものとめ、おくわりにむねおさめることとして、そのあとにした。

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