意識 / 娘娘

追手門学院大学文芸部

第1話

 カーテンの隙間からこぼれる、柔らかで暖かな光。

 静かな空間で聞こえる、布の擦れる音。

 ふと、自分の隣を見れば、想像道理誰もおらず、少し寂しさを感じる。

 そっとシーツに手を這わせると、そこにはまだ温もりが残っていた。

 その温もりが余計に寂しさを増幅させる。

 そして少し経つと、遠くからのリズミカルな音と、微かな食欲をそそる匂いに幸せを感じて、自分の意識が徐々に覚醒していることに気が付くのだ。


 身体を起こして、音と匂いのする方へ向かえば愛しい人と、宝物のように大切な息子が待っている。

 愛しい人は私を見るなり口元に笑みを浮かべて、おはようございますと挨拶の言葉を送ってくれる。

 息子は俺に対して素っ気ない態度をとるが、そういう年頃だ。

 またその態度も可愛らしいと思える。


 目を覚ませば、いつもこの幸せが待っている。

 いつもの日常が待っている。



 そのはずだった。



 突然の銃声。

 その音で一気に意識が覚醒した。

 眩い光に熱さと息苦しさを感じ、下半身の不自由さに違和感を覚えて下を見れば、椅子と自身の足がいくつものベルトで縛られ拘束されていることが分かった。


 そんな状態で目覚めた俺は、ただ困惑していた。


 幸せを失うことに怯えても、突然奪われるなんてことは考えもしていなかった。


 いつもと違う光景に、いつもと違う感覚。

 何が起きているのかもわからない。

 大きな音楽が流れ、身が焼かれそうな程強い光を当てられていても、だんだんと感覚が鈍るように周りが薄暗く音が遠くに聞こえるように感じた。


 その中でも目の前の男のスーツと視界の両端に飾られている赤い薔薇が鮮明に、強く目に残ったのだった。


 誰か、叫んでいるような。

 ただ話しているような。

 だが、それがどういうものなのかわからない。

 よく思い出せない。

 目の前の服が、じわじわと変わっていくことだけは鮮明だ。

 周りは鈍く、自身だけが燃えるような感覚を覚えて、気分が高揚する。


 鼓動が早く、息が荒くなる。


 息苦しくて、息苦しくて。


 一度大きく息を吸って……止める。


「刺して殺すのは初めてでしょう。人を刺した感触はどうです?」


 異臭に歪めた顔を上げると、蛇のように狡猾そうな男がこちらに薄気味悪い笑みを向けていた。その顔を見て、今までの惨状を思い出す。馬鹿げた茶番に付き合わされていたことを。


「俺を人殺しのように呼ぶな!」


「人殺しでしょう?昔も今も何も変わらない」


「殺したのはお前だ!」


 少年に刺していた刃物を抜き、気持ちの悪い男に投げつける。

 投げた刃物は男の元まで届かず、静かな室内に大きな音を響かせ、恥ずかしさが込み上げた。いつの間にか、足の拘束もあの耳が痛くなるBGMも身がやけるような照明もなくなっている。窓から差し込む夕焼けの光が部屋を染めて、意外と小さく薄暗い部屋にいたのだと気がついた。恥ずかしさで少し冷静を取り戻した俺は、血塗れた手を見て肩を落とす。


「もういいだろ?もう俺一人だ。解放してくれ」


「このクイズ番組はまだ終わっていませんよ!優勝者が決まったのですから、締めに入らなくては」


「漫画の読みすぎだろ。カメラも何も無いのに、何が番組だ。これ以上は付き合っていられない!早く扉の鍵を渡せ」


「答え合わせです。もうこれで最後ですから。あなたが見殺しにした少女。あなたが軽蔑の目を向けていた女性。そしてあなたがその手で殺した少年。あなたが殺した皆さんがどこの誰なのか知っていますか?」


 そう言われ、仕方なく床に転がっている人間を見る。

 初めに目についたのは、顔のつぶれた少女だ。幾度も顔を殴られ殺されたのだったか。殺す時間が1番長かったように感じる。潰れていて、もう顔で判別するのは難しい。可愛らしい顔をしていたのに勿体ない。女の顔に傷を付けるなど、この男は本当に酷いやつだ。

 見られたものではないと早々に目をそらし隣の女に目を向ける。あぁ、そういえばあまり品がなかった女だ。色々叫んでいたっけな。首を絞められて……もがき苦しんでいて……そこまで考えて思い出すのをやめた。

 最後に足元の自滅した少年を見る。刃物を持って走って来なければ、死ぬこともなかっただろうに……。可哀そうに思い、そっと掌で瞼を閉じてあげた。

 だが、こうして考えを巡らせても、全くわからない。なら、俺は知らないのだと結論づけ、ため息をついて男の顔をにらみつけた。


「お前がここに連れてきたんだ。お前が仕組んだことだ。誰かなんて知るわけないだろ」


「本当にあなたは……変わらないですね」


「知ったような口を聞くな」


「……あなたは忘れているのでしょうか。それとも知らずに生きてきたのでしょうか。その少女と少年はあなたの子供で、その女性は昔あなたの友人だった人なのですよ」


 ここまで馬鹿らしいほどわかりやすい嘘をつく男に呆れかえった。俺の子供は1人だ。それに、顔も全く違う。友人だという女性に関しても、友人なんてもう何十年と連絡をとっていないし、異性の友人となれば関係も薄い。もしかしたら、友人の誰かなのかもしれないが、なんとも判断に困る微妙なところだ。


「信じていらっしゃらないようですね」


「当たり前だ。息子は1人しかいないし、容姿も全く違う」


「息子……というのは、今一緒にいる女性の連れ子さんのことですか?」


 頭のおかしい男が平然と当たり前のように自分の大切なものを口にした。そのことに、カッと頭に血が上る。死体などお構い無しに踏みつけ男に駆け寄り胸ぐらを掴んだ。


「なんでお前……俺の家族のことを知ってるんだよ!なにも、なにもしてないだろうな?!」


 目の前の相手が憎いく、腹立たしい。そのせいで少し自身の声が震えていることに気が付き、余計に苛立ちが増幅する。そして、このまま殴り倒して鍵を奪えばいいと、拳を振り上げた。


 その瞬間……銃声が響いた。


「……は?」


「あはっあははははははは!!!家族?!なんとも醜く滑稽なことだ!結婚もしていない。暴力で支配した家庭に居座っているだけの居候が!」


 狂ったような笑い声が部屋中に響き渡る。

 その声を聴きながら、俺は立っていられなくなり、自分のかも分からない血溜まりの中に倒れた。

 痛い。痛い痛い痛い。

 打たれた。俺を打った。ありえない。


「あの子を痛めつけた貴様が。死に追いやったクズが!またのうのうと家族ごっこをしているなど。幸せを感じているなど。そんなこと許されるわけが無い!」


 目の前が霞む。本当に何もかもが遠く感じる。

 ここで、俺は死んでしまうのか。

 こんなことが許されるのか。

 部屋を染める夕焼けが、自身を生暖かく包む血溜まりが、視界の端にうつる薔薇が、恨めしい。気持ちの悪い感情を抱きながら意識が途切れる。最後に聞こえたのは、3度目の銃声だった。



あとがき


 脚本の処女作を小説にしたくて書いた作品です。最初から最後まで小説にすると、脚本にすら書いてない裏設定を盛り込んで盛り込んで大変なことになりそうだったので、設定をチラつかせながら最後の場面を書きました。

 この脚本を書く前に、演劇部の顧問に教えられたことは「観客の心を動かす方法を考えること」でした。シリアス展開で感動させるのか、恋愛ものでときめかせるのか、ホラーでおどかすのかなどなど、色々な候補がある中、「とにかく不快感と衝撃を!!」と、今考えればそれでいいのかと言いたくなる選択をしました。

 なので、今回の小説も似たようなものです。

 登場人物は皆最低の性格をしていますし、場の空気も価値観も全てが歪み、重いはずのものがとても軽く、疑問と不快をまだまだ残したまま全てが終わる。

 小説の不出来さからくる不快感ではなく、この作品の空気感からくる不快感を味わっていただけたらこれ以上ないほどの喜びです。

 未熟さ故に、不快感も衝撃も中途半端でやりきれなかったように感じますが、少しでも心を動かされた方が居れば嬉しいです。

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