第26話
ブラッディベアが気絶しているうちに襲撃者を縛り上げたグロウスは、森の中から誰かがこちらに向かっている事に気が付いた。
最初は警戒していたが聞きなれた足音だった為、すぐに警戒を解き表情を緩める。
「おう、戻って来たな。」
「ありゃ、そっちにも居たんだ。」
「こんな物撃ってきやがったよ。」
襲撃者に撃たれた矢を放り投げるグロウス、シンクはそれを受け取りながら自身が持って来た襲撃者をグロウスに向かって投げる。
「お仲間か?」
「たぶんね。」
「んで?」
「ちゃんと無事に保護したよ。」
背負っていた檻を静かに降ろすシンク、その中では子熊がすやすやと気持ちよさそうに眠っていた。
「回復してやるなんてお優しいこって。」
「これで人を襲わなくなれば儲けもんでしょ?」
「そう簡単に行くかねぇ。」
「そっちは?」
「そいつらに薬撃たれて暴れたから寝かした。」
「じゃあ回復しとくね。」
「頼むわ。」
シンクがブラッディベアの回復を行っている間、グロウスは襲撃者の所持品を漁った。だが身分を証明するものは何一持っておらず、暗器や薬の瓶しか見つからなかった。
「よし、これで大丈夫。そっちはなんかあった?」
「用意周到でなんも持ってねぇな。テイムされた熊はどうする?」
「んー、多分もう言う事効かないと思う。治療ついでに鑑定したけど子供を人質に取られて渋々従ってたみたいだし。子供の無事が分かったらテイムは解けるよ。」
「駄目押ししとかねぇか?」
「駄目だよ、情報は吐いてもらわないと。」
「左様で、んじゃこいつら連れて戻るとするか。」
「じゃあ運ぶの任せた!!」
「お前が魔法使った方が楽じゃね!?」
「これも鍛錬だよ。」
「へいへい解りましたよっと。」
シンクに言われグロウスは一人で襲撃者3人を担ぎ上げる。シンクはブラッディベアの親子に1日は持つ結界を張り安全を確保した。
2人はそのまま周囲の警戒をしながら街に戻り始める。それを遠くから覗いている2つの人影が在った。
「まさかもう一人にまでやられるとはね。」
「仕方ありません、奴らは下っ端ですから。」
「術式の方は?」
「今起動しました。これで記憶は消えるでしょう。」
「では本隊の方に連絡を、“鷹が獲物を見つけた。”」
「御意。」
1人はその場から瞬時に消え、もう一人はそのままグロウス達の観察を続ける。
「さて、これでまた我らの力が増す。」
その口元は己の欲望が満たされる未来を信じて歪んでいた。
街に戻った2人はそのままハンターギルドに依頼の報告に行った。襲撃者達はいつの間にか廃人の様になっており情報どころか自分達が誰かもすら解らなくなっていた。
未知の魔物の正体がブラッディベアである事は評価され依頼は達成となったが、裏で糸を引いている人物についてはわからず仕舞いだった。
「なんか気持ち悪いよなぁ。」
「そうだね。どうして記憶が消えてるのかも解らなかったし・・・。」
依頼を終え、ギルド併設の酒場で体を休めている2人、その話題は今回の依頼の襲撃者達についてだった。
「街自体が狙われたか?」
「だったらもっと多くの魔物が支配されてないとおかしいよ。」
「俺達を狙った暗殺か?」
「にしては相手が弱すぎるよ。」
「まぁ俺達を狙うならまず俺対策されてるだろうからな。」
正式なハンターとして活動しているグロウスとシンクは実力を隠していながらも有名になって来ていた。
あらゆる魔物の攻撃を受けてもビクともせず、あらゆる魔法は盾で打ち消す『鉄壁』のグロウスと万の魔法を操り相手を葬り去る『万魔』のシンク。
2つ名が付く程活躍していた2人に対して、暗殺目的であれば今回の敵は弱すぎる。そう結論付けた2人は同時にため息を吐いた。
「あーっ!!止めだ止めだ!!考えたって解りっこねぇ。」
「情報が1つも得られなかったのが痛いね。」
「まぁそのうち向こうから接触してくるだろうな。」
「それ待ちだね。」
相手の狙いや組織なのか個人なのかも判断が付かない現状、2人はいつも通り過ごす事にしてお土産を購入して孤児院に帰る事にした。
大量のお土産を持って孤児院の前に来ると、教会所属を示す馬車が停まっていた。
「なんだぁ?教会が何の用だ?」
「一応この孤児院も教会が関わっているからこんな事もあるよ。初めて見たけどね。」
首を捻りながら馬車を避けて孤児院に入る2人。馬車居る御者は黒いベールで顔を隠しており表情はうかがい知れなかった。
玄関に向かった2人の前に丁度玄関から出て来て挨拶をしている神父とラブニエルの姿が見えた。
「ではよろしくお願いします。」
「分かりました。では明日。」
ラブニエルに礼をした後こちらに向かって来る神父、そして2人の横を通り過ぎる時にも会釈をして通り過ぎた。2人も会釈を返してすれ違う、その時2人は神父の目が鋭くこちらを観察している事に気が付かなかった。
「おお、2人共戻ったか。」
「ただいま院長。」
「戻ったぜぇ~。これガキどもに土産な。」
「いつもすまんの、そうじゃシンク。後で院長室に来て貰えんか?」
「院長室ですね?解りました。」
「先にそっちの用事済ませて良いぞ、俺がガキどもに土産配っとくから。」
「じゃあお願いね。」
院長室に行く2人を見送ったグロウスは、その後孤児院の子供達にお土産を配り食事の準備を始めた。その間シンクが戻って来ることは無かった。
院長室にラブニエルと共に入ったシンクはラブニエルから話を聞いて驚く。
「聖女様がこの街に来ているんですか!?」
「あぁ、だが例の種族が変わる呪いを受けてしまっていてな。ネルダから薬を買おうとここまで来たそうじゃ。じゃが、あいにく売り切れておった様での。薬の発案者の2人が持っておらんかと聞きに来ておったのじゃ。確かあの薬はシンクが一括で管理しておったの?」
「えぇ、薬が劣化しない様に僕の収納に入れてあります。十分な量を渡していたと思ったんですが足りなかったんですね・・・。」
「おぉっ!!まだ持っておったか!!それは良かった、明日街の教会までそれを届けてくれんかの?」
「今すぐ行きましょうか?困ってらっしゃるでしょうしすぐにでも持っていけますよ?」
「むぅ、そうじゃな。相手も急いでいる様子だったからすぐ届けたほうが良いかもしれん。すまんが頼めるか?」
「はい。ではすぐに行ってきます。」
急いで教会に向かおうとするシンク、丁度ご飯の準備が終り子供たちに配っていたグロウスが慌てた様子のシンクに気が付いて声を掛けた。
「おう、もう飯だぞ?慌ててどこ行くんだ?」
「ちょっと街の教会まで。僕の分のご飯はいらないよ。」
「なんだ厄介事か?手伝うか?」
「大丈夫、薬を届けるだけだから。」
「そうか気を付けて行けよ。」
「うん、すぐ戻って来るよ。」
お玉を持ち、エプロンを付けたままシンクを見送るグロウス。彼は後に、この時無理をしてでも一緒について行けば良かったと後悔する事になる。
シンクは教会に行く前にネルダの薬屋に寄っていた。薬の在庫が無くなっているのであれば補充が必要だと考えたからだ。
「こんにちわー。」
「んっ?シンクかい?こんな時間に珍しいね。」
カウンターで薬の調合をしていたネルダは訪ねて来たシンクに驚く。
「例の薬が無くなったって聞いて持って来たんですよ。」
「あぁ、それは有難いね。」
「在庫足りなかったんですか?」
「まだ十分あったはずなんだが、全部売れちまったみたいでねぇ。まったくまだ耄碌するには早いってのに。」
「人間誰でも失敗はしますよ。それじゃあこれ、お渡ししておきますね。」
「あいよ、助かったよ。」
「それじゃ。」
薬を届けたシンクは急いで教会まで走る。その教会の上にはいつの間にか雨雲が渦巻くように広がっていた。
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