第20話

ここはシズムール教会の総本山、聖都エクシア。


この教会は女神シズムールを信仰しており、聖都には直接女神が降臨した場所として教会内部に聖地が存在していた。


そんな場所で1人の女性が腕を組み、天井から刺す光に向かって膝を着いて祈りを捧げていた。


そんな中、その女性に向かって歩いて来る人影。その身には白い鎧を纏い、教会のシンボルマークである翼と月桂樹の葉、そして十字架を施された盾をその腕に着けていた。


腰には同じようにマークが施された剣が下がっている。その人物は静かに女性に近寄り祈りが終るのを待つ。


その気配に気が付いたのか、女性は静かに目を開け立ち上がる。そして傍に佇む騎士に向かってその視線を向けた。


「聖女様、お呼びと聞き参上しました。」

「エメラダ、突然呼び出して申し訳ありません。」


聖女と呼ばれた女性に向かって臣下の礼を取る騎士。聖女はそんな女性騎士に対して謝罪をしながらも立ち上がるように促す。


「して、ご用件は?」

「これからする話は私とあなたの2人だけの秘密とします。良いですね?」

「畏まりました。」


エメラダはこの時、真剣な聖女の表情を見て2つの事を考えていた。それは教会内部に広がる腐敗により、聖女でさえ政治利用してしまっている現状への不満と自分の不甲斐なさへの苛立ち。次にそんな中でも自分を選び信用して貰えた事への喜びだ。


そんな事を表情にも出さず、エメラダは恭しく腰を折り聖女に向かって胸に手をあて頭を下げる。


「・・・・。神託がありました。」

「なんとっ!?それは本当ですか!!」


神託とは<巫女>もしくは<聖女>と呼ばれる職業に就いた物に与えられるスキルの1つ。その効果は神からの啓示をうけるという物。


教会はこのスキルを持つ聖女を使って自分達に都合の良いように世間を操っている。しかし今回だけは違った。神託を受けたという聖女が日陰に入ると、その体から光の粒子が溢れており、その姿はまるで女神の様にエメラダの目に移った。


「遥か東の地、その場所で勇者様がお生まれになりました。」

「勇者!!という事は魔王の復活が近いと?」

「それは分かりません。ですが、勇者様をこの地にお迎えしなければ世界は滅びると。」

「なんと・・・・。」


突然世界の崩壊を告げられ狼狽するエメラダ、しかし聖女の話は続く。


「今代の勇者様はとても力の強いお方、決して利用されてはなりません。ですから貴方にだけ打ち明けました。どうか秘密裏に勇者様を私の元まで連れて来て下さい。」

「御意。」


エメラダは聖女の言葉を聞き、すぐに行動に移し始める。聖女から詳しく勇者の様相を聞いたがそこまで詳しい神託は降りていないという事だった。


姿も明確に解らず、唯一確実な手掛かりは「シンク」という名前のみ。それだけでは人探しは困難だろう。


聖女にもう一度神託は出来ないか聞くエメラダ、しかし、神託は降りて来ず必ず会う事になるという言葉を聖女から貰いエメラダは覚悟を決めた。


他の者にばれぬ様、巡礼の旅として1人旅立つエメラダ。そんなエメラダをベランダから聖女は見送った。そんな2人の様子をさらに高い場所から見下ろす人物が居ると気が使いないままに・・・・。


エメラダの旅は過酷を極めた、何せ明確な手掛かりが名前のみなのだ。行く先々で名前を聞き、時には魔物や盗賊に襲われ、時には金銭を騙し取られた。


「シンク」と言う名前の人物が居ると解ればすぐに会いに行き、そしてそのたびに落胆した。


合う人物合う人物が全て、勇者では無かった。中には自分が勇者だと偽り、金もしくはエメラダの体を欲した。


自分の身の危険を回避しながらも疲弊していくエメラダ。聖女の言葉を疑うわけでは無いが、勇者等居ないのではないか?神託は誤りでは無いのか?と言う考えが頭を過ぎる。


その度に神託を受け取った聖女の姿を思い出し、そしてそんな聖女が頼れるのは自分だけなのだと自身を鼓舞した。


数多く騙され、人助けもし、そして人に助けられた。東へ東へと続ける旅は数多くの出会いをエメラダにもたらした。


聖女との連絡も暗号文により何度もやり取りされた。教会騎士の身分では協力してもらえない地域もあった為、ハンターギルドにも登録し身分を偽った。


時折聖女から届く神託を頼りに旅を続けるエメラダ、そして5年以上旅を続けた彼女の元に聖女から有力な情報が届いた。


『カイト国、その場所に勇者様が居ます。』


その情報を頼りにカイト国に向かうエメラダ。王都に到着してすぐに情報収集を始め、そして神童と呼ばれた子供が居た事を知り会いに行った。


しかし、その子供はすでに悪魔の子として追放されていた。両親は如何にあの子供が不気味だったかをエメラダに語ったが、その子供が勇者だったと知ると手のひらを返した。さらにはもう一人の息子も勇者として素質があるはずとエメラダに紹介した。


しかしエメラダはそんな言葉に耳を貸さず、勇者を追放したその一家を糾弾した。そして本当に勇者の素質があるのであれば私の勝てるだろうと決闘を挑んだ。


結果はエメラダの圧勝。貴族家はエメラダを罪に問おうとしたが、その正体が国教でもあるシズムール教の神官騎士と知り、逆に立場が悪くなった。


エメラダはその貴族家から離れ子供の行方を捜す事にした。


彼の兄を締め上げた時、辺境のスラム街に捨てて来たという話をしていた。私はその辺境がどこかを問いただしたが、物覚えが悪いのか街の名前等知らないと言い放った。


そこからは辺境の街を巡った。必死でスラムを探し、もしやと思い孤児院も回った。ギルドにも情報が来ていないかを何度も確認した。


聖女様からの連絡が途絶えたのはその頃からだった。こちらから連絡を送っても返事は無く、音信不通となった。


もしや聖女の身に何かあったのでは?そう思ったが教会との連絡は極力取らないようにしていた。なぜならば聖女の密命が露見する可能性が高かったからだ。


そしてエメラダは聖女からの密命を優先した。聖女の話では今代の勇者の力は過去の勇者のそれを凌駕しているという。であれば聖女に何かあってもその勇者に協力を取り付ければ助け出す事は不可能ではないはず。


病や怪我であれば教会には優秀な人物がそろっており、聖女の権力に依存した現在の教会では命までは取らないだろう。


そう結論付けたエメラダは勇者捜索に一層力を入れて探しはじめた。スラムを中心に捜索を続け、時に裏社会のボスと対峙する事もあった。


エメラダの力を見込み協力を申し出る者もあらわれた。最初は渋っていたエメラダだが、スラムの事はスラムの人間が一番詳しいという言葉に協力を頼むことにした。


辺境の街を転々とするエメラダ、そして旅を始めて13年後とうとうその人物を発見した。


その少年は金髪に碧眼でとても優しそうな顔をしていた。ハンターとして活動していた彼は相方と一緒に孤児院を助ける為に働いていた。


聖女から託された鑑定の魔道具を使い勇者であると確認したエメラダは準備を整のえ、接触を図ろうとした。


だが、出来なかった。教会から派遣された異端審問官に捕まってしまったのだ。そしてそこで現在の聖女の環境となぜ自分が捕まったのかを知った。


聖女は軟禁されていた。重要な情報を教皇に伝えず、自分の利益の為に利用しようとした罰として。


そして協力者であるエメラダにも捕獲命令が出され指名手配されていた。ラーダと名前を変えハンターとして活動していた為に今まで捕まらずに済んでいた。


エメラダは審問官に叫んだ。利用しようとしているのは教皇だと、聖女は神より神託を受け私に命令したのだと。


しかし聞き入れられなかった。なぜならすでに異端審問官は教皇に買収され私兵となっていたからである。


そして勇者の居場所を問われた。しかしエメラダは答えなかった。最後まで何をされても吐かないエメラダに業を煮やしたのか審問官達は教会の裏に伝わる薬を使って情報を吐かせようとした。


このままではまずい!!


そう感じたエメラダは最後の力を振り絞り、自身の舌を噛み切った。そして血でのどを塞いだのである。


いくら傷を治したところで流れた血が戻る事は無い。喉を塞いでいる血を取り除かねば治療薬を飲まそうとも飲めず、魔法を使ってもすぐに窒息する。


慌てる審問官達に向かってニヤリと笑った後、エメラダはその命を落とした。心の中で教皇とその仲間に神罰が下る事を願って。


その願いは叶えられる。ある男の行動により教会の崩壊と言う未来を伴って。


こうして教会が勇者に接触するまでさらに2年の月日を稼ぐことが出来た。


毎回無断転載対策で以下の文を入れます。読み飛ばしても大丈夫です。無断転載ダメ!!絶対!!

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