第5話

 九郎の経歴は異国調査局でも有名だが、本性を知る者は浜渡所の中に留まる。


 対面で滅多に口を開くことはなく無口。

 そんなんだから合う人は見聞きだけで『気高い男』と先入観を持ち彼を見違う。

 そして九郎は体中を塗り固められ、首を絞められ余計生きづらくなる。


 実際は「黙っていたほうが巻き込まれない」と考えて無口なだけなのだ。

 これだけだと、やる気のない奴と思われそうだが、そう思われないのには理由がある。

 人柄だ。

 少ない口数と動きで、気を配る必要もない者へも気を配り大事にし、部下を部下として扱うことをしない。


 浜渡の者たちは「九郎様の力に」とよく言っている。


 良い意味で、口を開くこともなく動くこともない。


 だからだろうか、理由は様々であるが九郎の下には様々な者が好んで付き従う。


 勿論、物語の隅っこで何事もなく暮らすことを本望とする本人はこのようなことを臨んでいるはずもないが。


――――

 

「頭・・・大丈夫ですかねー」

「えぇ」


 三人はいつものごとく不安にかられていた。

 大黒は腕を組み静かに大部屋の扉を見つめる。

 

「大丈夫だ」

「そうね」

「なんたって副官が付いてんですもんね」


 今すぐ扉を開けて向かいたい三人だが、今九郎の隣りにいるのがスミレだと思うと十ある不安の六は無くなる。


 きっと、いつもどおり最小限の口数で会議を終えてくるのだろう。


 八家の出席者たちは九郎の実力を認めており、害をなそうとする者はいない。


 しかし、懸念すべきは出席者の一部が異国人ながら会議に同席しているスミレを良く思っていないことだ。

 このことを九郎が理解していないはずがない。

 毎度のことながら、消えない不安を押し殺し何事もないことを信じる三人であった。

 



――――


 スミレは九郎の背からその向こうに座る者たちに視線を向ける。

 大丈夫。


 一部から向けられる視線に対する心地悪さは今ではまったく感じることもなくなった。


 今日も九郎さんが見てくれている。


 そう思えば、緊張すらも忘れることができる。


 私は皆の代表としてこの場にいる。

 

 日頃の浜渡の皆の働きによりここに立たされているだけなのだ。


『だだ力になりたい』

 

 そう思う己を突き動かす原動力となる存在。

 佐倉九郎。


 私達は努力を惜しむことはない。

 全ては九郎さんのため。


 私達はそれぞれの持つ『あの日』が忘れられない。


 私の脳に刻まれた色褪せない大事な『あの日』。

 横たわる死体に目もくれず、ドロリとした黒い眼差しと愛刀から滲み出る鈍い輝きは真っ直ぐにこちらを見つめ尋ねる。


 ――――。


 誰しもが九郎さんに貰ったそれぞれの言葉を胸に今を生きている。


 今この時も彼と契りを交わした浜渡の者達の本能に『亡霊』九桜くざくら九郎はそっと語りかけているのだ。


 ―――さぁ、共に歩もう。



 

 


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る