悪魔の魔導書

 ノエルを無事助け出したアレックスは、ノエルと一緒に逃げたモリス会長の後を追います。

 その中でアレックスは、これまでにあったことをノエルに話しました。



 「モリス会長が召還魔法を!? ありえないわ、付け焼刃でできる術式ではないもの……」

 「それじゃ、誰か他に黒幕がいるってことか?」

 「わからないわ……いずれにしても、絶対に許さない!」



 モリス会長らがやっていることを知り、ノエルの語気が強まります。

 どうやらモリス会長は、ノエルが捕まっていた更に奥の部屋から梯子で上へ逃げたようです。



 「ちっ、往生際の悪い野郎だぜ!」

 「逃がさないわ!」



 アレックスとノエルは梯子を上って上階へ出ました。一階のホールまで行くと、驚いた使用人が腰を抜かします。



 「やい! そこの女、モリスの野郎はどこへ行きやがった!? 隠すとタメにならねーぜ!」

 「は……はい! だ……旦那様は、二階の自室に!」

 「まったくあんたは……これじゃ、強盗じゃない……」



 アレックスは使用人を脅しながら、モリス会長のいる部屋へと向かいます。

 そして二人はホールの長い階段を駆け登り、モリス会長の部屋の扉を蹴り飛ばしたのです。



 「へへ! 覚悟しやがれド変態商人、てめーもいよいよ年貢の納め時だぜ!」



 アレックスが啖呵を切ります。モリス会長は奥の椅子に腰かけ、不敵な顔をしてこちらを見つめていました。



 「ふふふ……いやはや、本当に礼儀のなっていない子たちだ。これだから、大きい子供は嫌いなんですよ……」

 「あー? まだやろうってのか? だったら、お望み通りぶちのめして……」

 「待ってアレックス! それ以上近づいてはダメ!!」



 はやるアレックスをノエルが制止しました。

 モリス会長は傍らに抱えた酷く薄汚い本を開いて、ニヤリと笑います。



 「ほう、さすが高名なスライザウェイ博士だ。これが何なのかわかるのですね?」

 「魔力を全く感じないあなたが、高度な召還魔法を使うと聞いておかしいと思っていたわ……。それは魔導書ね?」

 「ご名答、数年前に私はある男からこれを受け取ったのです。私の望みを叶えてくれる素晴らしい本だと言われてね……」

 「それを使って子供たちをこの島に呼び寄せていたのね。触媒は……そう、あの配っていたお菓子ね?」

 「ははは……グレン様にはよくやってもらいましたよ。皆に配るふりをして、好みの子にだけ特別なお菓子を渡していたのですから」



 魔導書を通じて子供たちをさらっていたことを見抜かれると、モリス会長はペラペラと自分たちの悪事を話しだします。

 それは、もう観念したということなのではなく、自分が勝つ気満々だからです。



 「子供たちには儀式と言っていたそうだけど、あれはその魔導書に生贄を捧げていたのね……あなたの本当の望みって……?」

 「悪魔崇拝の儀式というのは、面倒なものです。子供たち自らに取り行わせねばならないのですから……ですが、その見返りは大きい! 例えば、不老不死だとかね……」



 モリス会長が謎の男から受取ったという魔導書は、やはり悪魔の魔導書でした。悪魔は人の負の感情につけ込み、邪悪へと引き込むのです。

 悪びれる様子もなく下卑た笑いを浮かべるモリス会長へ、ノエルは怒りに震えながら言います。



 「歪んではいるけど、あなたは子供が好きなんじゃなかったの!? よくもそんな酷いことを!!」 

 「確かに私は子供を愛している……だが成長してしまえば、皆おぞましい大人となっていくのだ……だから子供は、美しいままに天に召されるべきなのだ! この魔導書がそう示している!!」

 「あなた……もうその魔導書に取り込まれているのね……」

 「へへへ……やっぱおっさん狂ってやがるぜ!」


 

 これ以上お話ししても無駄のようです。アレックスは再びモリス会長に向かって踏み込みます。

 しかし、モリス会長もそれを見逃がしません。



 「下郎が! 悪魔の炎で今度こそ灰にしてやろう……『イーヴル・ヒート』!!」



 モリス会長が開いた魔導書から、どす黒い炎が沸き立ち、逃げ場を塞ぐように二人に襲いかかります。

 さすがのアレックスのスピードでも、間合いに入り過ぎて避けきれません。



 「近づくなって言ったでしょ!! 悪魔の術式よ、あんなのまともに喰らえば骨まで燃やし尽くされるわ!!」



 間一髪、ノエルの『ワンダー・ウォール』が発動し、二人に迫っていた黒い炎は見えない障壁に弾かれて飛散します。



 「ちっ! 危ねーとこだったぜ! どーすんだ、ノエル?」

 「モリスはただの人間だけど、あの魔導書を焼いてしまわないことには勝機はないわ」

 「だけど、この状況でどうやって!?」

 「本物の魔導士を舐めないで……ただし、悪魔の魔導書相手じゃ手加減はできないわ。最強の魔法でケリをつけてやる!!」



 そう言い放ったノエルは、右手に魔力を集中させて小さな……それは蛍火のような小さな光を浮かべ、願いを込めるように静かに空中へ放ちます。

 悪魔の魔導書には強力な魔法耐性があることを、ノエルは知っていました。その為、ノエルは自身最大の魔法で障壁ごと魔導書を消滅させるしかなかったのです。

 しかし、その拍子抜けしてしまうほど弱々しい光に、モリス会長は高笑いします。



 「何をするのかと思えば! そんな小さな光でこの魔導書に勝てるとでも? ……馬鹿にするな!!」



 ノエルの『ワンダー・ウォール』をすり抜けて進んで行くその小さな光に、モリス会長の魔導書から放たれた漆黒の炎が襲いかかります。

 案の定、あっという間に光は黒い炎に飲み込まれてしまい、アレックスが声を上げました。



 「おい! どーすんだよ!? 消えちまったぞ!!」

 「大丈夫よ……マリカから教えてもらった、とっておきの魔法だもの!」



 すると、飲み込まれたかと思われた小さな光が、再びゆらゆらとモリス会長へと向かって行くのが見えました。



 「こ……こんな虫けらみたいな魔法で!!!」



 自分のすぐ目の前まで飛んで来たその光を、モリス会長が魔導書ではねのけようとした時でした。

 ノエルは自身の握りしめた拳を前にかざすと、勢いよくその手を開いて叫んだのです。



 「弾けてっ!! 『シャンペィーン・スーパーノヴァッ』!!!!!」



 その瞬間、目も開けていられないほどの閃光が弾け、モリス会長はおろか部屋全体を覆いつくしていきます。



 「な……なんだ、この光は!? 私は悪魔の力を……!!」



 ノエルの『ワンダー・ウォール』に守られているとはいえ、アレックスは自分の目を腕で覆い、その巨大な閃光に恐怖を感じました。

 それはかつて、エルフの集落を襲う巨大な怪物を消し去った最強の魔法でした。



 「おいおいマジかよ!? これじゃ、あのド変態商人なんてきっと……」



 その圧倒的な閃光は数十秒に渡って光り続けました。

 そしてそれが消え去る頃には、モリス会長も魔導書も、部屋の壁さえも跡形もなく消え去っていたのです。いいえ、それどころか遠くに見える山の一部もえぐられてしまったように見えます。

 アレックスはそれを見て呆然とし、ノエルが淡々と言いました。



 「普通に使ったら、この島ごと消滅させちゃうから、魔法障壁を使って威力を前方だけに集中させたの……使いどころを選ぶ魔法ね」

 「お……おう、そうだな……」

 「モリスは殺さないで罪を償わせたかったけど、もうああするしかなかったわ……」



 ノエルは自分が吹き飛ばした部屋の壁を見つめ、少しの間感傷に浸っていました。

 だけど、まだ今回の事件は終わっていません。ノエルは振返ってアレックスの顔を見て言います。



 「さあ、早く子供たちを家に帰してあげましょう!」

 「あ……ああ! そうだな!」



 朗らかに笑うノエルを見て、アレックスは何故かどもってしまいます。

 跡形もなく消え去った部屋の壁を見ながら、アレックスくんは決心していたのです。

 今後ノエルちゃんを怒らせるのは本気で控えようと……。

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