アレックスVS召喚獣

 アレックスは女の子たちから聞いた部屋の一つ、儀式が行われるという部屋に入りました。

 そこは石造りの礼拝堂みたいな広間で、部屋の真ん中には気味の悪い魔法陣が描かれています。

 


 「ちっ! 胸くそワリー場所だぜ……この奥にも部屋があるって言ってやがったな」


 

 人気はないようです。アレックスは周囲を警戒しながら広間を進んで行きます。

 薄っすらと血の匂いがしました。アレックスは舌打ちをして、中央にある魔法陣に足をかけます。



 「ん……? これは!?」



 不意に描かれた魔法陣が赤く輝き始めました。

 アレックスはこれと同じものを過去に見たことがありました。

 それはアレックスが用心棒をしていた、悪い悪魔が魔獣を召還するときにそっくりだったのです。



 「けっ! 味な真似してくれるぜ! 俺を罠にかけようってのか?」



 アレックスは急ぎその場から離れようとしましたが、広間の前後の天井から巨大な鉄の柵が下りてきて、逃げ道を塞いでしまいます。

 そして、不気味に赤く光る魔法陣からは、真っ赤な鱗に覆われ、体中が炎で燃えさかる巨大なトカゲが現れたのです。



 「ははは……グレン様、まんまとネズミが罠にかかったようですな」


 

 下卑た笑いを浮かべ、奥の部屋からモリス会長とグレンが出てきました。

 グレンが鉄柵の向こうのアレックスに、せせら笑うように言います。



 「アレックスさん、僕はとても残念でなりません。恩人が焼き殺されていくのを見なくちゃいけないなんてね」

 「へん、いけ好かねー野郎だとは思っていたが、まさか伯爵家のボンボンがこんなド変態息子だったとはな!」



 アレックスの挑発を聞いて、グレンは怒りに震えます。



 「ふん! 強がっていられるのも今のうちだ! さあ、会長、早く始末してしまえ!」

 「グレン様、焦らずとも心配には及びません。サラマンダーにかかれば、生身の人間などあっという間に灰となりますから」



 会長の指示を受け、紅蓮の炎をまとったサラマンダーは、大口を開けてアレックスに襲いかかります。

 大ピンチのはずでしたが、サラマンダーが繰り出す爪や牙の攻撃を、アレックスはひらりひらりとかわしていきました。



 「な、何をやっているサラマンダー!! 早くそんな奴など焼き殺してしまえ!!!」

 「俺は学がねーからよー、このモンスターがどんなもんなのかわかんねーけどさ……」


 

 攻撃が当らないことに、グレンとモリス会長は焦りを見せます。

 そんな二人に、アレックスは剣も抜かず、サラマンダーをいなしながら問いかけました。



 「前に師匠と二人でよ、バハムートとかいうすげードラゴンをボコしたことがあるんだけどな、こいつはそいつより強いのか?」

 「な……何を馬鹿なことを! 神龍バハムートを人間なんぞが倒せるわけがないだろ!! デタラメだ!!!」

 「ちぇ! やっぱりあいつよりよえーのかよ……」



 肩を落としたアレックスは、溜息を吐きながら剣を抜きます。

 鞘から抜かれたその剣は、二人が見たこともないような青い刀身をした美しい剣でした。



 「師匠がよー、気に喰わねーが、勇者のおさがりの剣なんかくれてよこしやがったんだ……」



 アレックスが言うように、その美しく青く輝く剣こそ、かつて世界を救った勇者が剣神ジャスティーンから授かった、聖剣『ヘヴンリーブルー』だったのです。

 かつて悪童として名をはせたアレックスが、勇者の使った聖剣を持たされているというのは、本人的に大変恥ずかしいことでした。

 とは言っても、聖剣『ヘヴンリーブルー』の威力は折り紙付きです。

 アレックスはその青い聖剣を斜めに構えると、向かって来るサラマンダーの背後をとります。



 「どーでもいいけど、暑苦しいトカゲだぜ!」



 グレンとモリス会長は、アレックスの太刀筋すら全く見えませんでした。

 ただ、事実として燃えさかるサランマンダーの尻尾は、胴体から切断されて目の前の鉄柵まで飛んできたのです。



 「ば……馬鹿な!? サラマンダーだぞ!!」

 「へへっ……こういうのを、トカゲの尻尾切りって言うんだろ?」



 尻尾を切ったことを皮切りに、アレックスは目にも止まらぬ速さで巨大なサラマンダーの体を切り裂いていきます。

 グレンとモリス会長が呆然と眺める中、ついにはサラマンダーの首が切断されてしまいました。

 無惨にも首をはねられたサラマンダーは、光を放ちながら元の亜空の彼方へと消え去っていきます。



 「弱っちいトカゲなんか呼び出しやがって……もうおしまいか?」

 「サラマンダーをあっという間に!? ば……化物か……!?」

 「そりゃ、俺の親父は魔族らしいけどよー、何も化物はねーだろ?」



 サラマンダーの残り火がメラメラと燃える魔法陣の上を、アレックスは剣を携えてゆっくりと二人のもとへ歩いて行きます。



 「く……こっちへ来るな! か、会長! あいつを何とかしろ……って、会長!?」



 たじろぐグレンを尻目に、モリス会長は奥の部屋へと逃げん込んで行きました。

 おいてけぼりになったグレンは、慌ててモリス会長を追いかけようとしましたが、鍵をかけられたようで扉を開くことができません。



 「へへへ……残念だったな、ド変態息子よー」

 「あああ……来るなー!! 僕は子供を手にかけてはいない! みみみ……みんな会長が悪いんだ!! 僕はただ子供たちと……!!!」



 アレックスは行く手を遮る鉄柵に手を掛けると、アメ細工のようにぐにゃっと開きました。グレンは壁際にへたり込んで、顔を歪めます。



 「ぼぼ……僕は悪くない! 僕は伯爵家の人間なんだ!! 伯爵家のおかげで、難民はのたれ死にしなくて済んでるんだろ? 少しくらい子供を好きにして何が悪いんだ!?」

 「あーん? 別にてめーが悪いなんて一言も言ってねーだろ? 俺だって元は悪党だ。だから兄弟、ここは悪党らしく仲良くいこうじゃねーか」

 「わわわ……わかった金だな? 父に言って好きなだけ用意させよう!! それで……」

 「へへ……あいにく俺は金にはあまり興味がねーんだ……」



 父親譲りの赤茶けた瞳を、アレックスは不気味に光らせながらグレンに詰め寄ります。グレンは生唾を飲み込み言いました。



 「そ……それじゃ一体?」

 「よそから金持ちの変態集めて、あの小さなガキどもをおもちゃに好き放題遊んでやがったんだろ? 俺とも楽しく遊んでくれよ」

 「あ……え……?」

 「勘違いすんなよ? 俺はてめーらみたいなド変態趣味はねーからな、もっと楽しい遊びだ……」



 そう言うと、アレックスは持っていた剣の先をグレンの顔に突き付けます。グレンは震えあがりました。



 「な……何を!?」

 「てめーみたいな身分の高いド変態をよー、指の先から少しずつ切り刻んでみるってのはどうだ? 一体どんな悲鳴をあげるのかゾクゾクするぜ」

 「やや……やめて……お願いだから!」

 「おいおい兄弟、自分たちは嫌がるガキどもを好きなようにしといて、それは不公平ってもんだろ? 俺にも楽しませろよ」


 

 アレックスは剣を持ち上げると、その美しい青い刀身をぺろりと舐めながら不気味に微笑みます。



 「心配すんな、俺が変な悪さをしねーよーにってよー、師匠はこんななまくらをよこしやがったんだ。なんでもこの剣はな、魔獣とか悪魔みたいに邪悪なもんしか斬れねーんだとよ」

 「……え?」

 「だからな、てめーみたいな悪党が斬れるか斬れねーか……実に気になるところじゃねーか? なあ兄弟、自分でも気になんだろ? てめーが一体どっち側なのかってよー?」

 「やめやめ……やめてくれー!!!」

 「大丈夫さ! てめーがまだこっち側なら、くたばりゃしねーんだからよー!!」



 アレックスが嬉しそうに剣を振り上げた瞬間、グレンは失禁をしながら白目を剥いていました。アレックスは残念そうに舌打ちをします。



 「ったく、汚ねーな! これからが楽しいところだったのによー、情けねー野郎だぜ……」


 

 そしてここで、アレックスはある事実に気付きます。グレンを脅かすのに夢中で、ノエルの居場所を聞き出すのをすっかり忘れていたのです。



 「しょうがねーな……まあ、あのおっさんを追いかけていきゃ、そのうちわかるってもんだろ……」



 そうしてアレックスは、モリス会長によって鍵のかけられた扉をぶっ壊し、地下室の奥深くへと進むのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る