地下室の子供たち
館中をさがし周り、アレックスはやっとのことで地下室へ通じる階段を見つけます。
壁際にロウソクの火が灯っていましたが、その階段の奥はおどろおどろしい雰囲気に包まれていました。
「ずいぶんと広い地下室があるみてーだな……」
薄暗い階段を下まで降り立ったアレックスは、かなり先まで沢山の扉が並ぶ長い廊下へと出ました。
これでは一体どこにノエルが閉じ込められているのかなど、皆目見当がつきません。
仕方なくアレックスは、様子を見ながらしらみ潰しに一部屋ずつ調べていくことにします。
「……ん? 誰かいやがるな……って、おい……なんだ?」
アレックスが適当に選んで開けた部屋の中には、五人くらいの子供がそれぞれのベッドに虚ろな目をして座っていました。
皆同じ寝間着のような服を着た、人族、亜人、多種多様な種族の小さな女の子たちです。
「新しいお客様ですね? どうぞごゆっくりなさっていって下さい」
一番手前にいた人族の女の子が、虚ろな顔で微笑みながら、すがり付くようにアレックスの手を握りました。
他の女の子たちも、皆示し合わせたかのように同じ顔で微笑んでいます。
「離しやがれクソガキ! この俺に勝手に触んじゃねー!!」
その子たちの気味の悪い態度に悪寒が走ったアレックスは、突き飛ばすように無理矢理手を振り解きました。
アレックスの乱暴な態度に驚いたのか、その子はうずくまって必死に許しを乞い出します。
「ご……ごめんなさい! 私はお好みじゃなかったんですね。もし男の子の方が良いのであれば、隣の部屋にいます。どうかお許しを!!」
「な……お前、何言ってやがんだ……?」
周りを見回すと、他の女の子たちは部屋の片隅に固まって、堪えようのない恐怖に怯えているようでした。
「い……言いつけ通り、ちゃんとやりますから!」
「お願いです! いい子にしますから、グレン様みたいに痛いことしないで下さい……」
「どうか、旦那様に悪く言うのだけは……」
皆が口々に悲痛な声を上げる中、アレックスの前でうずくまっていた女の子が、いよいよ取り乱して泣き出します。
「儀式だけは嫌なんです! 悪い子は儀式に連れてかれちゃうんです!! 何でもします!! だからお願い……旦那様だけには!!」
アレックスは女の子たちの言葉に唖然としながらも、この場所で何が行われているのかを理解しました。
子供の連れ去り、グレンとモリス会長の会話、この子供たちの態度……そして裏庭に埋められた骨、全てのピースが、アレックスのあまり良くない頭でも一つになりました。
この女の子が儀式と呼ぶものが何なのかは、アレックスには分かりません。ですが、この女の子の取り乱し方から、それがどれほど恐ろしいものなのかは想像に難しくなかったのです。
――……
――さあ、今日は大事な儀式の日だ。練習でやった通りできるね?
――うん、言いつけ通り、私はちゃんとできるよ!
――いい子だ、一緒にお友達の魂を綺麗にしてあげよう、君はとても正しいことをするんだよ。
怪しげな薄明かりが照らす地下室の床には、おどろおどろしい魔法陣が描かれていました。
その中心には、目隠しをされた小さな男の子が横たわっています。先日館の外へ逃げ出して捕まった男の子でした。
いつものように短剣を手渡された女の子は、何の疑いもなくそれを高々と掲げると、躊躇いなく男の子の心臓に向かって刃を振り下ろします。
何度も儀式の練習をしていたので、短剣を握らされた女の子も目隠しをされた男の子も、既に恐怖の感覚はありませんでした。
そして全てが終わった後、女の子はふと我に返って自分がしてしまったことに気付くのです。
――あ……あれ? この子……動かなくなっちゃったよ!? 練習じゃそんなこと……?
――ちゃんとできたね、心配はいらないよ。この子はね、ここよりもずっといいところへ行ったんだ。
――わ……私、私はずっといい子にするよ! だから……!
――ああ、信じているよ。さあ、だいぶ汚れてしまったね、早く体をきれいにしてまた私と部屋で楽しい遊びをしよう。
――……
「へへへへ……ハハハハハ!!! 最高だぜ!!」
アレックスは気が触れたように笑い出します。女の子たちは、その異様さに怖くて震え上がりました。
「最高に狂ってやがる!! まさか、悪魔の手先だった俺ですら虫唾が走るような、こんな狂った悪党どもがいるなんてよー!!!」
アレックスは気持ちの高ぶりが止められませんでした。こんな気分ははじめてです。
それが、彼の体に半分流れる魔族の血のせいだったのかはわかりません。ただ、体の奥底から怒りとも喜びとも、悲しみとも言えない感情が噴き出していたのです。
「益々ぶちのめすのが楽しみになってきたぜ……ん、お前は?」
ふと、アレックスは部屋の片隅で怯える少女の中に、どこかで見たようなダークエルフの女の子がいるのに気付きました。
アレックスはぶっきら棒な声で問いかけます。
「やい、そこのダークエルフのガキ、てめーの名前はなんてんだ?」
「は……はい……エ、エマ……といいます!」
いきなり声をかけられ、ダークエルフの女の子は言葉を詰まらせながら答えました。
その子が、難民街で出会ったドナのお姉さんだとわかったアレックスは、不意にエマのもとへと歩み寄っていきます。
「す……すみませんすみません!! どうか乱暴だけは……」
「へっ、てめーの妹に感謝すんだな」
「……え?」
頭を抱えて怯えていたエマは、アレックスの言葉を聞いて顔を上げました。
「もしかして……ドナを、ドナを知っているんですか!?」
「てめーの妹に話を聞いてよー、俺の連れがお前を助けるって聞かねーんだ。ワリーが一緒に帰ってもらうぜ」
「か……帰る? ここから? で……でも、旦那様が……」
「眠てーこと言ってんじゃねー! だからこれからその旦那様と、もう一人舐めた野郎をぶちのめしに行くんだよ!!」
「だ……旦那様を!?」
「それとも、このままずっとこんなしけたとこで、悪党どものおもちゃにされたいってのか?」
この突然現れた謎の少年は、目つきは悪く言葉も乱暴で、とてもじゃありませんが救いのヒーローには見えませんでした。
それでも、アレックスの放ったぶっきら棒な言葉は、もう二度と家族のもとに帰れないと絶望していた女の子の心に、温かな火を灯したのです。
「お……お家に、お家に帰りたいよー……」
エマはこれまで堪えてきたものを全て吐き出すように、ボロボロと大粒の涙を流して泣き出しました。
それが伝播したのか、周りの子供たちも声をそろえてすすり泣きを始めます。
助け出すとは言っても、今騒がれたら厄介です。アレックスはがなり立てるように言います。
「うるせー!! 泣くんじゃねー!!!」
泣く子も黙るアレックスの恫喝で、女の子たちはびっくりして声をひそめます。
「いいか、てめーら! ここから無事に出たきゃ、泣かずに行儀よく待ってるんだ。ピーピー泣いてるようなクソガキは、おいてくからな!」
アレックスに凄まれて、女の子たちは怯えながらもコクコクと肯きました。
そして、女の子たちから怪しい部屋をいくつか教えてもらい、アレックスは急ぎ部屋を飛び出したのです。
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