グレンとモリス会長
大変なことになりました。ノエルちゃんの大ピンチです。
そんなこと知る由もなく、アレックスくんは文句を言いながらひたすら船を漕いでいるのでした。
「ちっ! 思ったより時間くっちまったぜ」
アレックスは、ノエルの着いた浜辺とは反対側の岸に辿り着きました。
そこは岩礁が多くて船をつけ辛かったですが、逆にあまり目立たずに上陸をすることができます。
「きっとあいつのことだ、クソ真面目に正面から行ったんだろ……」
アレックスはお世辞にも頭がいいとはいえませんが、生き残る為の動物的嗅覚を持っていました。
そんな彼もノエルと同じように、この『島の館』には並々ならぬ異様さを感じていたのです。
気配を悟られぬよう、アレックスは木々の間に身を隠しながら館へと近づきます。
「へへ、金持ちの家に忍び込むのなんて、何年ぶりだろーな」
貧民街一の悪童であったアレックスにとって、貴族や商人の屋敷に盗みに入ることなど日常茶飯事でした。
驚異的な身体能力で、ひょひょいと高い塀をよじ登り、あっという間に館の裏庭に侵入します。
「犬っころどもがウロウロしてやがんな、始末すんのは楽だが、吠えられたら厄介だ……」
しかし、犬たちは裏庭で穴掘りに夢中になっており、アレックスの侵入には気付いていない様子です。
掘り出したそばから、犬たちは何かの骨に夢中でしゃぶりついていました。
「へん、馬鹿犬どもで助かったぜ」
アレックスは気配を消しながら庭の木を伝い、二階のテラスへと駆け登りました。
「しめたぜ、窓が一ヶ所開いていやがるな」
壁伝いに開いている窓を目指すアレックスでしたが、男二人の話声が聞こえて来た為に息をひそめます。
男の一人は、どうも聞き覚えのある声でした。
「グレン様、あのエルフの娘は眠らせて地下室に……」
「よくやってくれたよ会長、これ以上この館のことを嗅ぎ回られたら厄介だからね」
話しぶりからして、伯爵の息子グレンとモリス会長のようでした。
そして、アレックスはようやくノエルが捕まってしまったことを知ります。
「しかし会長、まだアレックスとかいう剣士の行方がわかっていない。相当の手練れという話だが、もしあの女を取り返しに来たら……」
「ご心配は入りません、グレン様。薬で上手く眠らせられなかった時の為に、ある切り札を用意してございます」
「会長がそこまで言うのなら信じるよ。で、あのエルフの女はどうするんだい? 早く始末すべきではないのかい?」
「我々好みではないと思いますが、普通に見れば中々の上玉です。薬漬けにして、要人が来客した際の相手にでもと……」
「ははは……さすがは会長、やはりあなたは商人だよ」
一頻り会話が終わると、二人はその部屋を出て行きました。アレックスは舌打ちをします。
「ちっ、やっぱあのクソエルフ、へましやがったな……それにしても、あいつら……」
ノエルの身を案じるとともに、アレックスに変な悪寒が走りました。
とは言っても、考えている余裕はありません。早く地下室へ捕まっているノエルを、助けに行かねばならないのです。
アレックスは開いていた窓から屋内に侵入し、見つからないよう地下室へ通じる階段をさがします。
「クソ、無駄に馬鹿でかい屋敷だぜ、本当に手間かけさせやがって!」
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