『島の館』へ

 翌朝、路地裏でのびていたアレックスは、鳥のチュンチュンという声で目を覚ましました。



 「……チクショウ、あのクソエルフ! 少しは手加減しやがれ、俺じゃなきゃ死んでたぜ!」



 辺りを見回しますが、ノエルの姿はありません。

 アレックスは嫌な予感がしました。きっと一人でれいの『島の館』に向かったに違いありません。



 「仕方ねーな、昨日の礼だ、俺もいっちょ殴り込みに行ってやっか……」



 アレックスは落ちていた剣を携え、湖を目指して裏通りを駆け出しました。



 湖まではほとんど時間はかかりませんでしたが、そこは海と見紛うほどの巨大な汽水湖でした。

 湖畔から島までは相当の距離があります。いくら剣の達人のアレックスと言えど、水の上を歩いて渡ることなんてできません。



 「けっ、ノエルの奴はきっと浮遊魔法かなんかで、もう向こうに行ってやがんな……」



 仕方なく、アレックスは湖畔を見回しながら歩き出します。

 すると、少し遠くの桟橋に船が停泊しているのが見えました。よく見ると、付近に人が見えます。

 アレックスは急ぎ桟橋に走り、漁夫らしき男に声をかけます。



 「おっさん、ワリーがあの島まで乗っけて行ってくんねーか?」

 「し……島ですかい!? あそこは領主の命で、許可なく近づくことを禁止されてるんでさぁ。もしそれを破りでもしたら……」

 「ちっ! じゃあいい、その船を俺によこせ! あんたは俺に船を渡しただけだ、それならいいだろ?」



 ガンガン詰寄るアレックスですが、漁夫はたじろぎます。



 「か……勘弁してくだせぇ、船がなけりゃおまんまの食い上げですぜ」

 「誰もただでとは言ってねー、これだけありゃ足りんだろ!」



 アレックスはパンパンに詰まった布袋を差出しました。

 漁夫が首を傾げながら布袋を開くと、中身は全て金貨でした。



 「こ……こんなに!? これだけありゃ、十年は贅沢三昧に遊んで暮らせますぜ! 本当にいいんですかい?」

 「いいから、さっさとよこしやがれ! こっちは急いでんだ!!」

 「は……はい! もちろんでさぁ、こんな船で良けりゃ差し上げますぜ……」



 そうすると、アレックスは停めてあった小さな船に飛び乗り、物凄い速さでオールを漕ぎ出します。

 あっという間に桟橋から離れていく船を見て、漁夫は呆然と立ち尽くしていました。



 「クソ、船ってのはノロ臭くていけねーな!」



 ようやく島へ向けて湖を渡り始めたアレックス、でも『島の館』まではまだまだ先です。

 柄にもなく、アレックスは先に島へ渡ったと思われるノエルのことが、気になって仕方ありませんでした。

 ノエルの魔法の腕がピカイチなのは、言うまでもありませんが、彼女は純真過ぎるきらいがあるのです。



 「クソエルフよ……本物の悪党ってのはな、悪党の顔はしてねーもんなんだぜ……」



 そして、こんなボロ船を買う為に旅の資金をほとんど使ってしまったことがばれ、烈火の如くノエルちゃんを怒らせるのはまだ先のお話しです。

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