悪童アレックス
陽もかげって来た頃、二人は伯爵に手配してもらった宿に着きました。
昨晩追い出された安宿とは、比べものにならない大きな宿です。部屋も一人ずつ用意されており、ノエルは胸を撫で下ろします。
「ふふん、ようやくこれで安心して一人で寝られるわ。残念だったわね、アレックス」
「けっ! てめーの寝言を聞かずに済むと思うと、せいせいするぜ」
「な……なんですって!」
部屋に入る手前の廊下で、アレックスに対してノエルは得意げな顔をします。
しかし、ノエルの寂しげな寝言を聞かされるのが堪えていたので、アレックスもむしろ安心していました。
「ま……まあいいわ、あんたの言うことにいちいち腹を立てていても仕方ないもの」
「で、てめーは、まだこの町のことに首突っ込むのかよ?」
伯爵とのやりとりも踏まえ、アレックスは率直に聞きます。
すると、ノエルは表情を曇らせて答えました。
「私があの子と約束したことだから、それに……どうしても『島の館』が気になるの……」
「それじゃ、明日は『島の館』に殴り込みってわけか?」
「正直、この町のことにデーモン・アドバートが絡んでいる可能性は低いわ。あんたが出張る必要はないの。私一人でやる」
「相変わらず、馬鹿正直な奴だぜ。俺を騙くらかして手伝わせればいいのによ」
「馬鹿にしないで、私は誇り高いエルフよ。嘘は吐かないの!」
そう言って、ノエルは自分の部屋へ入って行きました。
別にアレックスにとっては、いなくなった子供なんてどうでもいいことです。それでも、彼はあまり面白くありませんでした。
ケンカばかりですが、アレックスはノエルのそういうまっすぐなところが、嫌いではなかったのです。
「ちっ、勝手にしやがれ、クソエルフ!」
アレックスは自分の部屋に入り、薄暗い部屋でふかふかのベッドに横になります。
今日は町で難民の子供たちを沢山見てきました。それがあってか、彼は幼い日の自分自身に思いをはせます。
「たくよー、よくここまで生き残れたもんだぜ……」
これまでのアレックスの半生は、それはそれは過酷なものでした。
半人半魔という特異な生を受け、小さな頃から忌み嫌われながら生きてきたのです。
アレックスの父親は、どこの馬の骨かもわからぬ魔族で、母親は人間の女性でした。
決して望まれぬ子ではありませんでしたが、アレックスを生んでしまったことで一家は町を追い出され、母親は貧しい生活の中で病死してしまいます。
「本当に……馬鹿な母親だったぜ、魔族の子供なんか産んだら、どうなるかくらいわかるってもんだろ……」
幼くして母親を失い、父親も行方知れず。アレックスはひとりぼっちになってしまったのです。
貧民街で路頭に迷ったアレックスは、盗みもケンカも、生き残る為には何でもしてきました。
まさに力こそ正義、魔族の血を引いているということもあり、腕っぷしでは誰にも負けなかったのです。
やがて、『貧民街の悪童アレックス』の名は、一躍町中にとどろいていました。
――やあ、君がアレックスくんですか、私好みのいい目をしてますね。
――ああ? なんだおっさん、俺にはそっちの趣味はねーんだよ。とっとと失せな!
ある時、路地裏にいたアレックスの前に現れたのは、シルクハットをかぶったインチキ臭い紳士風の男でした。
彼はアレックスを執拗に持ち上げ、一緒に来るよう誘います。
――ははは……違いますよ、私はあなたの力を買っているのです。アレックスくん、あなたはこんな貧民街の路地裏で終わるような逸材ではありません。私のもとで働きませんか?
――俺は誰かに指図されんのが、大嫌いなんだよ。てめーと一緒に行くと、何かいいことでもあんのかい?
――私と来れば、あなたは今より更に大きな力を手に入れられるでしょう。欲しい物も思いのままです。それに……
そのインチキ臭い紳士は、不敵に微笑んでアレックスに告げます。
――私は魔王を復活させるつもりです。私と来れば、その為に伝説の勇者と戦えますよ? 何故なら、あなたはなにより強い相手と戦いたいと望んでいるのだから。
――へん、気に喰わねーが、俺のことがよくわかってるじゃねーか。いいぜおっさん、手を貸してやるよ。だが、勇者は俺の獲物だぜ。
――ええ、もちろんですとも。私はデーモン・アドバート、心ない人たちは、私のことを悪魔だとかメフィストフェレスだとか呼びます。ですが、いたって善良な悪魔です。
アレックスはそうして、悪い悪魔デーモン・アドバートの雇われ用心棒になったのです。
この後、アレックスは勇者との戦いに敗れ、勇者の師である剣神ジャスティーンに拾われることとなりますが、そのお話はまたの機会にでも……。
昔のことを思い出し、少しセンチな気持ちになったアレックスくんは、さっきまでの悪態が嘘のようにすやすやと眠りにつきました。
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