領主の屋敷
望まずも、領主の屋敷にお呼ばれしてしまったアレックスですが、ノエルは乗り気でした。
難民居住区で知り合った、ドナのお姉さんをさがす手掛かりになればと思ったのです。
「面倒くせーな、俺は貴族だとか王族だとか、気取ったエラそーな連中が大嫌いなんだよ」
「この町、やっぱり何か臭うわ……文句言わないでついてきなさい! あんたが呼ばれたんだから」
「ったく、仕方ねーな……」
ノエルは職業柄、一度気になったことは、最後まで確かめないと気の済まない性格です。
アレックスはそれをわかっているのか、無意味に突っかかったりしません。
(ちっ! 気に喰わねーが、デーモン・アドバートの野郎を見つけるには、このクソエルフの頭が必要だからな……)
なんだかんだ言っても、ノエルの力を信頼している素直になれないアレックスくんでした。
二人は町の商業区を抜けて、領主の屋敷を目指します。
やはり領民から聞こえてくるのは、伯爵家の良くない噂ばかりです。
ノエルは露店商で商品を見ながら、人さらいの話や領主の噂などを町の人々に聞いていきます。
「けっ! 絵に描いたよーな、貴族趣味のいけ好かねー屋敷だぜ!」
「あんた……お願いだから、少しはお行儀よくしなさいよね!」
町の少し山の手にある領主の屋敷は、よく手入れされた庭の広がる趣ある石造りの立派なお屋敷でした。
二人は先程会ったグレンに出迎えられ、これまた広くて立派な客間に通されます。
そこに待っていたのは、感じの良さそうな初老の貴族でした。
「父さん、こちらが難民街でドロボーを捕まえてくれた、アレックスさんとお連れのノエルさんだよ」
「これはこれは、領主のスコット・ジェラルドと申します。難民街では息子がお世話になったようで」
息子のグレンに紹介され、白髪のジェラルド伯爵が丁寧に挨拶をします。
「あ……俺……いや、僕は……じゃなかった、えーと……」
「おほほほ……彼はアレックス・コッカー、大変口下手な剣士ですの! 私はノエル・スライザウェイ、一応聖都の大学で魔法学を研究してますわ」
お行儀よく自己紹介をしようとしたアレックスでしたが、やっぱり無理でした。ノエルがすかさずフォローします。
ノエルの自己紹介を聞いて、伯爵とグレンは顔を見合わせました。
「もしや、最年少で魔法博士を取得され、勇者と共に世界を救ったと言われる、あの高名なスライザウェイ博士ですかな?」
「え? ……ああ、まあ」
「これは驚きました! お若い方だとは伺っていましたが、まさかこんなにお美しいお嬢さんだったとは!」
ノエルが有名な魔法学者だということを知って、伯爵もグレンも興奮が止まりません。
伯爵に褒められたので、ノエルはほっぺを両手で押さえて、大変嬉しそうです。
「やだ、伯爵様、私が美しいだなんて……」
「ノエル、今のは俺でも知ってるぜ、社交辞令ってやつだな」
これまで黙っていたアレックスが口を挟みます。
ノエルはすかさず、アレックスの足を踏みつけました。アレックスは跳び上がります。
「イッテー!! 何しやがる!?」
「あらやだ、私ったらついうっかり足を滑らせてしまいましたわ! おほほほ……」
伯爵とグレンは苦笑いをして、首を傾げます。
そんなこんなで、四人は椅子に腰かけてお話しを始めました。
「ところで、アレックスさんとノエルさんは、今回どういったご用でこの町にいらしたんですかな?」
「はい、私たちはデーモン・アドバートという悪魔をさがしてますの」
「ほう、悪魔を……」
伯爵の問いかけに、ノエルは厳しい表情で答えます。
「あの魔王を復活させた、恐ろしく狡猾な悪魔ですわ。放っておけば、また世界に災厄をもたらすでしょう。……アレックス、似顔絵を見せて差し上げて」
「ったく、後で覚えとけよ……。これがデーモン・アドバートの野郎の似顔絵だ」
ノエルに指示されて、アレックスはさっき足を踏まれたことに文句を言いながらも、持っていた羊皮紙を開きます。
そこには、不敵な笑みを浮かべる見るからにインチキ臭そうな紳士が描かれていました。
「ほう、このような悪魔がいるのですね。僕らはこんな輩、聞いたこともありません。ね、父さん」
「そうですね、私もこれまでこんな男には、お目にかかったことがございません……」
似顔絵を見て、グレンは手のひらを返し、伯爵は申し訳なさそうに首を横に振りました。
「悪魔さがしのお役には立てませんが、是非この町でゆっくりしていって下さい。何かお困りのことはございますかな?」
「その件なんですが……伯爵様の難民政策のことについて伺いたいのですが?」
「なるほど、私にお答えできることであれば、何でも聞いて下さい」
伯爵の好意に、ノエルが質問を投げかけました。
あまり聞かれたくない話題かと思いきや、伯爵は眉一つひそめずに言います。
「難民街を見てきました。新しく入って来た難民の方は、皆んな伯爵に感謝しているようです。しかし……」
「ああ、ノエルさん、聞かれたいことはわかります。私の難民政策を、領民たちはあまり良くは思っていない。何故私がこんな政策をとるのかと……?」
「ええ、難民を救済するのは素晴らしいことと思いますが、治安も悪化しているようですし、このまま受け入れを続けるのは……」
「そうですね、ただ私には行くあてのない難民を、指をくわえて見てることなどできないのです」
伯爵は難民を憐れむような顔で、ノエルの問いかけに答えました。
グレンも伯爵に語気を合わせるように言います。
「ノエルさん、失礼かもしれませんが、難民街にいたあの子供たちが、路頭に迷うことを想像してみて下さい」
「それは……とても痛ましいことですわ」
「そうですよね、ですから父の領地では、子供を抱えた難民を特に優遇しているんです。僕たちの気持ちをご理解頂けないですか?」
「は……はい、差し出がましいことを聞いてしまいました。どうもすみません……」
やけに感情的になったグレンが、ノエルを言い包められたことに勝ち誇った顔をしました。
ノエルは気を取り直して、子供がいなくなる件について聞きます。
「ところで伯爵様、町で気になる噂を聞いたのですが、小さな子供がさらわれる事件が増えているようですね?」
「そうですね……私どもとしても、実に嘆かわしいお話しです。しかし、それが何か?」
「はい、その子供さらいが不思議でして、いなくなるのは決まって難民の子供ばかり……しかも、難民の子から不思議な話を聞きましたの」
「残念なことですが、難民の子供は領民の子に比べて無防備ですからね……。それで、気になるお話しとは?」
「ある難民の女の子がいなくなった時、その子が湖の上を歩いて消えて行ったと……」
ノエルがドナから聞いた話をすると、伯爵とグレンは眉をひそめ、示し合わせたかのように笑い出したのです。
「はははは……すみません、さすがノエルさん、見識の深い方はご冗談もお上手だ!」
「父さん、そんなに笑ったら失礼だよ。ノエルさんは子供の空想にも耳を傾けられる、お優しい淑女なんですね!」
嫌味ともとれる二人の態度に、ノエルは表情一つ変えずに話を続けます。
「ただの子供の空想であれば、それに越したことはありません。ただ事実だとすると、魔導士の仕業の可能性もありますわ」
「おやおや、ノエル・スライザウェイ博士がそうおっしゃるのであれば、無下に否定はできませんな」
「それともう一つ、湖にある『島の館』についてお聞きしたいのです」
ノエルが『島の館』という言葉を出した途端、伯爵とグレンの様子が変わりました。
微笑んでごまかしながら、伯爵はノエルに聞き返します。
「あの島にある館は、モリス商会の会長の持ち物です。この辺りでは有数の大商会でして、息子のグレンもよく商談で出向きますが」
「僕の他にも、多くの有力者が商談に訪れてますよ。モリス会長は大変慈悲深い人で、難民に無償で食料支援などもしてくれています。モリス会長の館に何か?」
「はい、湖を歩いて消えた子供が、『島の館』へ向かって行ったと聞きましたの。それに、モリス会長についても良くない噂を聞きまして……」
そこでグレンが癇に障ったのか、身を乗り出してノエルに食ってかかるようにまくし立てます。
「噂は噂です! モリス会長を悪く言うのはやめて下さい。会長は難民の子供たちを可哀想だと思って……そんなに疑うのなら、会長の身の潔白は僕が保証しますよ!」
「いいえ、そのようなつもりではございませんの……」
グレンの勢いに、ノエルは口をつぐんでしまいます。伯爵が見かねて、グレンをなだめました。
「グレン、やめなさい! すみませんねノエルさん、なにぶん息子はまだ若輩なもので。……ですが、モリス会長が素晴らしい方なのは間違いありません」
「こちらこそ、失礼いたしました。どうか、お気になさらないで下さい」
『島の館』について、これ以上は聞くことができないと思い、ノエルは引き下がります。
機嫌悪そうにするグレンを尻目に、伯爵はぎくしゃくする空気を和らげようと、ある提案をしました。
「そう言えばノエルさん、アレックスさん、今夜の宿はもうお決まりですかな?」
「いいえ、昨晩はトラブルがあって宿に泊まれず、親切な領民の方に泊めて頂きまして、今日はこれから……」
「それは調度良かった。私たちからのせめてもの気持ちです。この町で一番の宿を手配しますので、どうかこの町にいる間はそちらへお泊り下さい」
「ああ……はい、ありがとうございます」
さすがに、何日もサイモンの家に泊めてもらうわけにはいきません。
この突然の伯爵の計らいは、安宿を出禁になってしまった二人にとって、願ってもない贈り物となりました。
そして二人は、なんだか色々とはぐらかされたような形で、伯爵の屋敷を後にします。
ノエルはやはり釈然としない様子です。そして、アレックスはさっきの話をあまり理解できていなかったものの、彼は彼なりに思うところがあったようです。
「へへ……あの伯爵と息子の野郎、善人ぶってはいるが、ずいぶんと香ばしい臭いがしやがるぜ」
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