難民街の女の子

 町の西のはずれ、現在建設の進む難民の居住区はそこにありました。

 今は遊牧民が住むような仮設テントが立ち並び、ちゃんとした居住区ができるまで難民たちはそこに住んでいるようです。



 「聞いてはいたが、ずいぶんといっぱいいるみたいだなー」

 「この人たちが食べる物を確保するのだって、大変なはずよ。やっぱり、かなり変わった領主みたいね」



 ノエルは試しに、近くにいた難民の女の人に話を聞きます。



 「本当にここの領主様は素晴らしい方よ、私たち難民に食べ物や住むところを与えてくれて、子供のいる難民には特に好待遇なのよ!」



 他の難民たちにも話を聞いてみますが、古くからの領民と違って、難民たちの領主に対する評判は皆良いものばかりでした。

 


 「そうそう、だから子供のいる難民は、みんなここを目指して遠くから山を越えてくるのさ」

 「そうか、だからこんなにガキばっかりいやがるのか」



 アレックスが見渡す難民の居住区には、領民の暮らす地区に比べて明らかに子供の数が多いように見てとれました。

 それは、人族から亜人に至るまで色々な種族の子供たちです。



 「こんなに子供ばかり集めて……労働力にもならないし、何がしたいのかしら……ん?」



 ノエルが首を傾げていると、小さなダークエルフの女の子がノエルのスカートを引っ張っていました。

 粗末な格好をした、五~六歳くらいの難民の女の子です。



 「お姉ちゃんエルフでしょ? 魔法が使えるの?」

 「ええそうよ、お姉ちゃんはね、これでも魔法の先生なんだよ」



 ノエルは腰を下すと、ダークエルフの女の子に優しく答えます。

 女の子は酷く不安そうな顔で、ノエルにすがり付くように言いました。



 「あのね……私のお姉ちゃんがいなくなっちゃったの……」

 「それは大変ね、人さらいにあったのかしら?」



 ノエルはサイモンの奥さんの言葉を思い出しました。

 確かにこれだけ子供が多ければ、子供をさらおうとする悪い輩も出てくるはずです。

 しかし、女の子は首を横に振りながら言いました。



 「違うの、お姉ちゃんね、夜に目を覚ましたと思ったら、一人でお外に行っちゃったの」

 「それで、お姉ちゃんはどこに行っちゃったの?」

 「私、お姉ちゃんを追いかけて行ったけど、私の言うこと全然聞いてくれなくてね……湖まで行ったら、水の上を歩いて島の方に行っちゃったの」

 「え……水の上を?」



 女の子の言ったことに、ノエルは自分の耳を疑いました。

 それまで黙っていたアレックスが、すかさず笑い声を上げます。



 「へっへっへ……嬢ちゃんよ、そりゃ夢ってもんだぜ。人さらいなら、ここの大人にでも任せときな」

 「夢じゃないもん! 私、本当に見たんだもん!!」



 褒められたものではありませんが、アレックスの反応は当り前でした。

 しかしノエルは少し違いました。その子の話を聞いて、何か思うところがあったようです。



 「わかったよ、君のお姉ちゃんさがしてみるね。私はノエル、君とお姉ちゃんのお名前は?」

 「ありがとう、ノエルお姉ちゃん! 私ドナ、お姉ちゃんの名前はエマって言うの!」



 ノエルはその後、ドナからエマの特徴や、いなくなった状況をこと細かく聞きました。

 アレックスにとっては、なんのことやらと言った感じです。



 「たくよー、なんで俺らが迷子さがしなんかしなくちゃならねーんだよ……」



 ノエルがドナとお話してる間、アレックスは退屈そうに辺りを見回します。

 すると、難民の子供たちがある大人のもとへと集まっていたのです。



 「……ん? なんだあの野郎?」



 子供たちの中心にいたのは、難民街には似つかわしくない貴族のような出で立ちの青年でした。

 子供たちを集めて、何かを配っているようです。



 「コラコラ、押さない押さない、全員の分あるからね。いい子にするんだ」



 どうやら、その青年は子供たちにお菓子を配っているようでした。

 アレックスがそれを見て不思議そうに首を傾げていると、近くにいた難民の男性が声をかけてきます。



 「あの方は領主様のご子息のグレン様ですよ。ああやってたまに視察に来られて、子供たちにお菓子を恵んで下さるんです」

 「ふーん、ずいぶんと殊勝なこったな」

 「ええ、領主様もグレン様も大変お優しい方々です。我々難民にとっては神様のような存在ですよ」



 子供たちにお菓子を配るグレンは、優しい好青年のように見えます。

 ただ、アレックスはどうもグレンのことを良くは思えません。彼はへそ曲がりなんです。



 「ちっ、偽善者野郎め……」



 アレックスが舌打ちすると、少し離れたところで難民の女性が悲鳴を上げます。



 「いやー! ドロボー!! 誰か捕まえてー!!」

 「なんだ、またドロボーかよ! 一体どーなってんだ、この町はよ?」



 振り返ると、布袋を抱えた屈強そうな大男がアレックスの方を目がけて走ってきます。



 「邪魔だ! そこをどきやがれー!!」

 「あーん?」



 もう飛んで火にいる夏の虫です。

 アレックスは走って来るドロボーの顔面へ、反射的に拳を叩きつけていました。



 「おふっ!!」



 ドロボーはカウンター気味でアレックスの拳を受け、あえなく地面に崩れ落ちてヒクヒクしていました。

 これが本当の虫の息です。



 「ったく、弱いんならちゃんと相手見て向かって来いっての、ウスノロ野郎……って、ありゃ?」



 すると、ドロボーを捕まえたアレックスの周りに人が集まり始め、パチパチと拍手喝采を浴びせ始めます。



 「あんな大男を一撃で倒しちまったぞ! 凄いな、少年!」

 「なんて勇気ある少年なんだ!!」

 「ドロボー捕まえてくれて、ありがとー!」

 「あなたはこの難民街の英雄よ!」



 ここまでの反応を予想していなかったのか、アレックスはたじたじです。

 ついには、先程いけ好かないと思っていた領主の息子までお礼を言いに来る始末でした。



 「いやー素晴らしい! 旅のお方、不届き者を捕まえて下さりありがとうございます。領主の息子のグレンと言います。伯爵家としてもお礼がしたい! 後で是非屋敷にお越し下さい!」

 「ええ!? ああ……おう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る