誰か泊めて下さい

 ところ変わって、ここは夜の静まり返った町の通りです。

 さっきまでの温かいベッドは一体どこえやら、アレックスとノエルは真っ暗闇にポツンと佇んでいました。



 「……最悪! あんたが夜中に大声出すから、せっかくとれた宿を追い出されたじゃない!!」

 「ふざけんな! 部屋ん中に『ワンダー・ウォール』なんか張りやがった、てめーがワリーんだろ!!」



 あらら、二人は宿屋を追い出されても尚、寒空の下でまた言い争いを始めます。

 世界は魔王がいなくなって平和になったというのに、どうして人は争うことをやめられないのでしょう。



 「もうやだ! 剣神ジャスティーン様の頼みだからって、なんで私がこんなチンピラのお守りしなきゃいけないの!」

 「俺だってな! 師匠の言いつけじゃなけりゃ、お前みたいなクソエルフと旅なんて、まっぴらごめんなんだよ!」



 このお世辞にも仲良しとは言えない二人が、ののしり合いながら一緒に冒険をしている理由……。

 かつては悪童と呼ばれたアレックスですが、彼は良くも悪くも力の信奉者です。

 勇者の剣の師であり、戦神にして剣神、『暁の騎士』と呼ばれた師匠の剣神ジャスティーンには、絶対服従なのです。

 そして、彼のことが大嫌いなノエルも、偉大なる神様の依頼を断れず、渋々彼のお目付け役として旅に同行していたのでした。



 「ど、ドロボーだー!! 誰か捕まえてくれ!!!」



 今にも泣き出しそうなノエルと、頭を抱えるアレックスの耳に、町の住人と思われる人の悲鳴が聞こえてきました。

 振返った二人の目には、大きな布袋を持った粗野そうな男が、こちらの方に向かって一目散に逃げて来るのが見えました。



 「邪魔だ! そこをどきやがれー!!」

 「あん?」



 ドロボー男は、道を塞いでいる二人を押しのけて逃げようとします。

 ですが、その男の態度にイラッときたアレックスは、避けるふりをしてとっさに足をかけたのです。



 「ぎゃー!!!」



 ドロボーの男は足を取られて、すってんころりん。アレックスに頭をコツンとやられて、あえなく気絶しました。

 すると、後から追って来た町人の男が、アレックスのもとに駆け寄ってきます。



 「どーもすみません! ドロボーに今月の稼ぎを取られてしまって……なんとお礼を言ったらいいものか!」

 「お……おう」



 その町人の男は恩人であるアレックスに大いに感謝し、是非お礼をしたいと申し出ます。

 すると、それまで沈んでしまっていたノエルが、長い耳を嬉しそうに動かしながら町人の男に詰め寄りました。



 「おじさま! 私たち宿がとれずに困ってますの! 今夜一晩泊めて頂きたいのですが!!」

 「え……ああ、そんなことでよろしければ……」



 瞳をキラキラさせるノエルの押しの強さに、町人の男は少したじろぎました。

 ですが、これで二人はようやく今日の寝床を確保することができたのです。



 町人の男の名前はサイモンといい、この町で小さな商店を経営していました。

 すぐ近くのサイモンの家に案内された二人は、客人用の寝室に案内されます。



 「ちっ! また二人とも同じ部屋か、もう追い出されるのはごめんだからな、騒ぐなよ!」

 「もういいわよ、あんたのおかげでもあるし……疲れたから、もう寝る」



 もう疲れて文句を言う気力もなかったのか、ノエルはベッドに寝転がるなり、すぐに眠ってしまいます。

 さっきまで言い争っていたノエルの天使のような寝顔を見つめ、アレックスはため息を吐きました。



 「たくよー、師匠の頼みだろうが断ることだってできただろーに、つくづくお人好しでお節介なクソエルフだぜ……」



 アレックスはノエルがいつも空元気だということを知っていました。

 ノエルが魔王との戦いの後、深い悲しみを背負って生きているということもです。



 ――アズマ、行かないで……私のそばにいてよ……」



 ノエルの憂いをおびた瞳から、ひとすじの涙が零れます。

 世界を救ったあの日、魔王が世界から消えたあの日、ノエルは世界で一番想いをよせていた人と生き別れました。

 ノエルは幼い頃に出会い、共に戦った勇者を心から愛していたのです。



 厳しい戦いの末に世界を救ったものの、恋い焦がれていた勇者と離れ離れとなった女の子……。

 ああ、可哀想なノエルちゃん。



 そんなノエルの寂しげな寝言を聞いて、アレックスは舌打ちをして布団をかぶります。



 「ちぇ! だからお前はガキだって言うんだよ。こっちまで辛気臭くなっちまう……」



 家の外からはスズ虫の美しい歌声だけが聴こえてくる、静かで儚げな夜でした。

 二人はこの町で起きている異変になど気付くわけもなく、ぐっすりと眠りについたのです。

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