52話 奪還(前編)

淡い空色の炎が、深い闇を焦がす。


黒炎と衝突し弾け合う薄蒼炎。

バヂバヂと苛烈な音が耳に刺さる。


弾け合う炎のカケラが、尾を引いて辺りに飛び散った。


ラスが注いだだけクザンも力を注ぎ、それを更に上回るよう、またラスが闇を込める。


それが二分も続いた頃には、どちらもが肩で息をしていた。


「なかなかやるじゃねーか」

顎から滴る汗をそのままに、クザンは楽しげにニヤリと笑った。


闇の混ざった炎は、普通の鬼火とは違い、接触した箇所から炎そのものを喰ってくる。

クザンは、放出した炎のほとんどを体内に戻せていない。

(ちっ……、そろそろ底をつくか……)


しかし、それはラスも同じなのか、闇の色が薄れてきたように見える。赤い瞳が疲労に染まり、眉はグッと顰められている。


「……っ!」

立っていられなくなったのか、ラスの膝がカクンと崩れた。

その一瞬で、クザンの炎が闇を飲み込みラスに迫る。


「ぅ、ああああああああああああ!!!」

ラスの声は、怯えと絶望の混じった物だった。


クザンは、ゾクリと背筋に冷たいものを感じて、気付く。

(そーいや、闇ってやつぁ、恐怖だとかで増幅すんじゃねーか!?)


ラスの周囲で闇が大きく盛り上がり、蠢いた。


「火煓、来い!!」

クザンが大きく叫ぶ。

次の瞬間にはクザンの背後に人影があった。

「炎を寄越せ、ありったけだ」

「御意」


クザンは背から力が流れ込むのを感じつつ、ラスを見据える。

ラスを包む闇は、何本もの闇を腕のように広げている。


「おい、ラス聞こえるか!」

クザン問いに、闇の塊はゆらゆらと不気味に揺れるだけだった。

「ラス! おい、ラス生きてるか!?」

闇に近付こうとするクザンを、闇の腕が振り払う。

「チッ」

炎で何本かの腕を焼き落とすも、次々と生えてくるそれを見るに、効果は薄そうだ。


「しゃーねぇな、全部焼くか」

クザンの呟きに、火端がビクリと震える。

「おい変態、死ぬなよ」

「……善処します」


「チッ! こーゆー時は、とにかくハイって答えんだよ!!」

クザンは腹立たしげなフリをしつつも、心底楽しそうな顔で叫ぶと、ありったけの炎をかき集めて闇にぶち撒けた。


---------


「ちょ、ちょっと待ってね!?」

リルが、久居の陰からヨイショと出てくると、久居とクオンの間に入った。

「リル!?」

慌てる久居に、リルが言う。

「久居は、ひとまずそれを引っ込めてくれる?」

リルにピッと指差されて、危ないとばかりに久居は刀を手元に引き寄せたが、消すつもりは無いようだ。


「久居のお父さん…………えっと、なんだっけ? あれ、さっき覚えたのにぃぃぃ」

リルが、聞いたばかりの名をすっかり忘れて頭を抱える。


「ク、クオンです……」


クオンが申し訳なさそうに伝えた。

あ。そっか。とリルが小さく呟く。

「クオンは、久居と戦うつもりは無いんだよね?」


「あ……はい。ありません……」

問われて、おずおずとクオンが答える。


「ほら、久居。クオンは久居の事心配してたんだよ。だから、武器はもうしまって?」

「……と、言われましても……」

まだ戸惑っている久居が、疑わしげにクオンを見れば、ぱち。と目が合って、クオンが恥ずかしそうに目を伏せた。


(どういう反応なんですか……?)

久居が半眼になりつつ、ひとまず切っ先を下ろす。

リルが少しホッとする。


「赤い髪の鬼と、黒い翼の天使は、貴方の仲間ですか?」

久居が静かに尋ねる。


「は、はい……。ラスさんにはほとんど会っていませんが、どちらも私と志を同じくしています……」

クオンが目を伏せたまま、素直に答えた。


「何が目的ですか?」

久居は声こそ強くはないが、その目は厳しくクオンの一挙一動を監視している。


「そ、それは……」

クオンが初めて言い淀む。

伏せた目を、ウロウロと所在なさげに彷徨わせている。


(流石にそこまでは話していただけませんか)

久居が当然の結果に納得していると、クオンはポツリポツリと続きを話し出した。


「天界を……落とそうと……思っていて……」

「そのために、四環を集めていたのですね」


天界がそう簡単に落ちるかは分からないが、四つの環の力を合わせれば巨大な竜巻を作る事も、それをさらに強大にしつつ、永遠に維持する事も可能かも知れない。


そうなれば、カロッサの言うとおり、被害は天界だけでは済まないだろう。


「は、早く天界を壊さないと……子ども達が覚醒してしまう。と。思って……」

クオンはまだ話し続けている。

久居は『子ども達』という単語に胸を抉られたが、表面上はほんの僅かに眉を顰めただけだった。


「子ども達を……私のような目に……遭わせたく、なかったんです……」

クオンの声は、深い悲しみと絶望に沈んでいる。


「どうしても……何をしても……。あなた達を守りたかった……」

ずっと俯いていたクオンが、ゆっくり顔を上げる。

悲壮なまでの決意の宿った瞳で、クオンは久居にぎこちなく微笑んだ。



久居は、返す言葉を完全に失っていた。

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