51話 誤解(後編)

久居は、中庭へ出るはずの通路を駆けていた。

(気配は、こちらから……)

しかし、この先からではクザンの居る部屋には辿りつかないはずだ。

(リル……道に迷ったんですね……)


あれから一度も力の衝突は無い。

リルの炎は消えてはいないが、気配はほんの僅かだった。


思わず、あの日の弟の姿が脳裏をよぎる。

それだけで久居の心臓は凍り付きそうになる。


違う。リルの炎はまだ消えていない。

まだ間に合う。

――必ず、間に合わせてみせる。


膨れ上がる焦りを抑えつけながら、久居は通路の先、開けた中庭に駆け込んだ。


「リル!!」

「あ、久居っ」

「怪我はありませんか!?」

そのままの勢いで、久居は向かい合う二人の間に割り入ると、素早く刀を抜く。

「だ、ダメだよっ」

「はい?」

「その人、久居のお父さんでしょ?」

「!?」

久居は、目の前の男を改めて見た。

リルと男の間に入りはしたが、久居はリルの状態にばかり注意を払っており、相手の獲物や姿勢には気を配っていたが、顔まではよく見ていなかった。


「久居……」

ぽつりと名前を呼ばれる。

父は少し老けてはいたが、久居の記憶に残る姿と、そう変わらないままそこにいた。


「父さ……ん…………? 何故、こんな――」

そこまでで、久居は理解した。


彼こそが、環を集めていた第三の人物だと。


世界を破滅に導こうとしていたのは、カロッサを死に追いやったのは、自分の…………父だったのだと。


久居は、リルを背にかばった状態で、改めて刀を正眼に構える。

「久居……?」

背中でリルの不安そうな声がする。

「……大丈夫です。たとえ、相手が誰であっても……」

すでに覚悟を決めてしまったらしい久居に、リルが慌てる。

「えっ、そうじゃないよ! 多分それは、違うよ久居!?」


「久居……大きく、なりましたね……」

クオンは、そんな成長した久居の姿に嬉しいやら、刀を向けられて悲しいやら、複雑そうな顔になっていた。

眉はとても困ったようで、しかし目はうっとりと細められ、口元は締まりきらず緩んでいる。


父の腑抜けた表情に、苛立ったのは久居だった。

「しっかりしてください! 今、貴方と私は敵同士ですよ!?」


言われて、クオンはあからさまにションボリと肩を落とした。


----------


サラの腕に、肩に、顔に、レイの柔らかい金の髪が掛かっている。

自分を抱きしめたまま意識を失った兄。

その体重がズシリとかかって、サラはその場に座り込んだ。


ポタリと、膝に降ってきたのは、兄の残した涙だった。


サラは、ようやく気が付いた。


母も、兄も、迎えに来なかったんじゃない。

迎えに行きたくても、来れなかったんだ……。と。


――私は捨てられたんじゃなかった。


ずっとずっと、我慢していた涙が止まらなくなって、身体中の力が抜けてしまいそうなのを、必死でこらえる。

自分にもたれかかっている兄を、落とすわけにはいかなかった。

「……お兄ちゃん……っ」

兄はまだ温かかったが、傷だらけの身体のあちこちから、その温度が流れ出している。

深い傷は無さそうだったが、緩やかに溢れる赤い命は止まる気配がない。

薄く繰り返される浅い呼吸は、今にも途切れてしまいそうに思えた。

「ごめ、ん、なさぃ……っ。……おにいちゃん、……っ死なないでぇぇ……」


べしょべしょと泣きながらも、サラは自分より一回り以上大きな兄の体を背負い、歩き出した。


----------


黒炎を纏ったラスが、炎で減速すると壁を蹴って床に着地する。

ギッとクザンを睨んで、叫んだ。

「何しやがる!」

「ごちゃごちゃうるせぇ!!」

クザンは怒鳴り返した。


見れば、クザンは床に散らばった四環を二つ抱えて、三つ目に手を伸ばしている。

このまま持ち去られるわけにはいかない。

ラスは黒炎を放った。


「っと」

クザンが炎をヒョイと避けて、また環をそこらにばら撒く。

「投げんなよ! 傷が付くだろ!!」

ラスが我慢できずに叫ぶ。

「持ってっと手が塞がんだよ!!」

「なんか袋くらい持ってこいよ!」

相変わらず細かい事を言うラスに、クザンは苦笑を浮かべつつ、その顔をもう一度見た。

「お前は真面目過ぎんだよ。そんな思い詰める前に、俺んとこに来りゃ良かっただろ?」


「っ……行ったさ!! 何度も、会いに行った!!」

ラスの言葉に、クザンは目を丸くする。

「けどクザン兄いっつも留守じゃねぇか! カロッサのとこにも来ねぇしさ!!」

クザンは一瞬動きを止め、その元凶を理解するとギリッと奥歯を鳴らした。

(あの変態……後で殺す!!!)


「カロッサだって淋しがってたんだぞ!! クザン兄の馬鹿!!」

叩きつけるようなラスの言葉だったが、それは暗に自分も淋しかったと主張していて、クザンは思わず両腕を広げた。

「……気付いてやれなくて、悪かった」


「っだから、腕を広げんじゃねぇよ! 誰が飛び込むか!!」

ラスが、苛立ちと共にゴウっと音を立て黒炎を放つ。

クザンは炎でそれを受け流す。


「……俺を哀れむなら、四環は諦めて帰ってくれよ……」

ラスの目は、声よりもずっと、願うような色をしていた。


「そいつは無理だ。お前らのとこに四環を置いてっと、うちの嫁さんも危ないとなっちゃ、放って帰れねぇ」

「天界を落とすだけだ!」

「お前がそのつもりでも、結果はそうならねぇってカロッサが言ってんだよ!!」

「なんでだよ!」

「俺が知るか!!」


「っ……!!」

ラスの意思は、変わりそうにない。


二人はしばし睨み合う。

しかし、説得が再開されるより早く、クザンのささやかな忍耐力がその終わりを告げる。


クザンはバリバリと乱暴に頭を掻くと、捨て鉢に叫んだ。

「あ゛ーーーー!!! もういい分かった!

 本気でかかってこい! お前の野望は俺が叩き潰してやる!!」

叫びとともに、クザンが全身に白い炎を纏う。


「やれるもんならやってみろ! 俺はもう、クザン兄より強い!!」

ラスは、黒炎をより深い闇色へと燃え上がらせる。


「はあ!? 俺ぁ手加減してんだよ!!」

「俺だって! まだ本気じゃねーし!!」


ラスは黒炎を頭上に集めると、さらに練り上げる。

クザンも伸ばした両腕の先で、白炎よりさらに熱い水色の炎を生み出した。


「喰らえ!!」と叫んだラスの全力の一撃と、

「来いやぁ!!」と叫んだクザンの炎が真っ正面からぶつかり合った。

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