50話 三者三様(中編)

リルは、中庭のような場所にいた。

中庭の周囲は、ぐるりと壁と渡り廊下で囲まれている。


リルは地図をくるりと回して……もう一度くるりと回した。

そして自分もくるりと回る。


「えーと…………。……ここ、どこかな……?」


どうやら、道に迷ったようだ。


カサリ、と間近で音がして、大慌てでリルが振り返る。

こんなに近付かれるまで気付かないなんて事は、ありえないはずなのに。


そこには、久居より少し背が高い、久居に良く似た男の人が立っていた。

光を返さない黒髪が、膝近くまで伸びている。

長い髪は後ろで一つに括っているようだが、久居よりは低い位置で結ばれていた。

前髪は目の下までかかっていて、表情は見えにくい。

でも、ちらと隙間から見えた目は切れ長で、緋を隠した黒色をしていた。

服装は全体的に黒く、あちこちにベルトのついた、臙脂色で縁取られた重そうなコートが、膝下まで覆っている。


(わー。久居にそっくり……)

男の姿に思わず目を丸くしているリルに、男は静かに言った。

「……侵入者さんですね」

ハッ、とリルが我に返る。

「取られたものを、取り返しにきただけだよっ」

男は、申し訳なさそうに目を伏せた。ような気がする。

前髪をもう少し切ってくれないと、表情がよく分からない。

「……すみません。あれは渡せないのです……」


(声も、話し方も似てるなぁ……)

リルがそう思った一瞬で、男は闇を纏った。

(来る!)

リルが炎を纏いながら後方に跳び退く。

しかし、地を穿った闇は勢いを殺す事なく、そのままリルへと伸びた。


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ドド……ン……。と、地響きが城を揺らす。

それは、クザンとラスの対峙する部屋へも響いた。

闇の重みと熱い炎が激しくぶつかり合う気配に、クザンは大いに焦った。

(久居と場所が違う。リルが一人で戦ってんのか!?)


音のした方向へ意識を向けたクザンに、ラスが黒い炎で襲いかかる。

「よそ見をしてる場合か!?」

仰反るようにしてそれを躱すと、クザンはニッと笑った。

「忠告ありがとよ!!」

クザンはグンと姿勢を低くすると、炎を下から上へと巻き上げる。


闇の力を使える鬼なんて、そう沢山はいないだろう。

だとすれば、この少年は、クザンの知った顔のはずだった。


ゴオッ! と炎と熱風が吹き上がれば、少年のフードは炎に焦がされ吹き飛んだ。

フードの下からは、逆立った真っ赤な髪に二本の角。

瞳は大きいが、目つきの悪い、生意気そうな少年が顔を出す。


「ラス……」

クザンの表情が、緩やかに綻ぶ。

「ああ、お前……。 生きてたんだな。……無事でよかった」

嬉しそうに微笑まれて、ラスは苦しげに歯を食いしばる。

「っ……腕を広げんな! 飛び込めるわけねーだろ!!」

「……そうか?」

「そーだよ!!」

拒絶にしょんぼりするクザンに、ラスが苛立つ。

「俺は、もうあの頃の俺とは違う!」

クザンの真っ直ぐな視線を受け止めながら、ラスが叫ぶ。

「たとえクザン兄でも、その環は渡せない!!」

「……泣くなよ」

「泣いてないだろ!?」

ラスは、泣きたい気持ちでいっぱいだったが、泣いてはいない。

この世でたった一人、自分を助けてくれた、恩のある人。

ラスが唯一幸せを願う人と、どうして今対峙しているのか、ラスには分からなかった。


正直、こんな風に笑いかけられて、めちゃくちゃ動揺している。

だが、ラスの目的を果たすためには、どうしても。

どうしても……四環の力が必要だった。


「なあ、ラス、四環を何に使う気なんだ? 」

「……」

「それを使ったらどうなんのか、お前分かってんのか?」

「……天界なんか、壊れたらいい」


吐き捨てるような言葉。

それは、この小鬼の本心なのだろう。

ラスを見るクザンの檜皮色の瞳に、悲しみが宿る。

この小鬼をこんな風にさせてしまったのは、獄界であり、天界だった。


もし、ただの鬼として生まれていたなら。

闇の力など宿す事なく生まれていたら。

ラスは故郷を追われることも、親を失うことも、命を狙われることもなかっただろうに。

ラスが身に宿す闇の力は、天界からもたらされた。

闇の力が取り出せるようになったと。

それは、闇色の、卵のような形をしていた。

研究の成果を見せる事で、俺たちを牽制したかったのか。それとも一蓮托生にしたかっただけなのか。

クザンに詳しい事は分からなかったが、ともかく鬼にもそれが宿せるのか試してほしいと天使は要求してきた。

親父はそれを繰り返し断っていたが、親父の城で働いてた侍女が「自分で良ければ」と名乗り出た。


実験は成功し、彼女は身籠った。

俺はその頃まだ、人の歳で十四そこそこだったが、夫に先立たれていた彼女は嬉しそうにしていたし、生まれたその子も元気に育っていたから、これで良かったんだと思っていた。

……親父が渋い顔をする理由が、あの頃の俺には、まだ分からなかった。

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