37話 再覚醒(5/6)

(ひ、久居が寝てる!!)


レイは、それを見つけて、飛び上がりそうなほど驚いた。


天界からの連絡係とやりとりをした後、レイが小屋の前に戻ったら、なんと、久居が木にもたれていたままの格好で目を閉じていた。


「久居だって寝るよ?」

リルが何を当たり前な事を。と言う顔をするが、レイは、いまだかつて久居の寝顔を見た事がなかった。

膜の中で目を閉じているのは見たが、あれはノーカウントだろう。


「いや、リルは何をしてるんだ?」

「久居が、寒いかなって思って」

リルは、そんな久居にぴったり寄り添って、添い寝していた。

確かに、季節は夏を過ぎ、秋に入ろうかと言うところで、陽が傾くにつれ気温は下がっていた。


「これで久居が起きないなんて珍しいな」

「うーん。術の使い過ぎとかで寝ちゃう時の久居はね、どっちかっていうと、気を失ってる感じに近いかな」


「これ失神してんのか!?」


しーっ。とリルが仕草で伝える。

レイが、すまない。と仕草で応えた。


じゃあ、久居は、失神するほどキツい状態で、皆の夕飯作ってたのか……?


恐ろしい精神力だなと思いつつ、レイは先の大掛かりな治癒を思い返す。


凍結された二人の前に立つカロッサが、複雑な魔法陣のような物が描かれたものを3枚並べ、やたら複雑な手続きを三通りほど繰り返していた。


術の施行者以外が凍結を解除する事は、一般には不可能とされているのに、額に汗してそれに果敢に挑むカロッサの真剣な姿に、レイは心奪われていた。


実際は、魔法陣を用意したのも、呪文と手続きを書き残したのもヨロリらしいが、カロッサもそれ相応に練習はしていたらしい。


多少手間取る様子はあったが、カロッサは一度も間違えることなく、それを解いた。

最後の手続きを終えて、カロッサは、ほうっと小さく息をついた。

すぐに場所を譲るカロッサに入れ替わるべく、クザンと久居がヒバナを連れて動く。


カロッサの美しく波打つ紫の髪には、汗の滴が伝っていた。

緊張に固まっていた羽を大きく伸ばして、美しい曲線を描く触覚を緩やかに震わせて、カロッサはレイの横を通り過ぎ、外に出る。


膜が消えると同時に、小屋にはむせ返るほどの血の臭いが広がり、新たな出血が始まった。


「えっ、お父さん!?」

動き出したフリーをリリーが呼ぶ。

「フリー、こっちよ」

治癒の邪魔にならないよう、フリーは隣の部屋に移動させられた。


打ち合わせ通りに、クザンが心臓を、久居が肺を同時に修復する。ヒバナは太腿からの出血を止めるためか、嫌そうな顔をしながらも、菰野の両太腿の傷口をぐるりと焼いた。

袈裟懸けに深く斬られた菰野の身体は、内臓の損傷が激しく、治癒の間にも出血は止めどなく続いている。


しばらくは、

「心臓いけたぞ、気管は無事だ」

「肺終わりました、肝臓いきます」

と、クザンと久居の状況報告がポツポツ聞こえる他は、リリーの胸で泣きじゃくるフリーの声だけが、聞こえていた。


クザン、久居、ヒバナが治癒の間動けないため、レイの仕事はリルとペアでの警戒だったが、ここら一帯は、小動物すら生きていられないほど強力な結界に包まれている。


結局、レイとリルは、終始この大掛かりな治癒作業を遠目に眺めていた。


「久居、入れ過ぎだ、もうやめろ」

久居がびくりと動揺する。

「この忠告は二度目だぞ。先に量を決めたのは何のためだ」

クザンは視線を上げないままに告げるが、その声には怒りが篭っている。

「……申し訳ありません」

「変態からたっぷり搾り取ってやっから、安心しろ」

途端、クザンの背に両手をかざしていたヒバナが頬を染め、生き生きと喋りだす。

「玖斬様のお望みとあらば! この火端! 一滴残らず注がせていただく所存で――」

「黙れ」


レイは、久居が二度も同じ注意受けていることに衝撃を受けた。

あの久居が?

焦っているのか。

あの、久居が??

今言われたことも守れないくらい、あの少年に血を注がずにいられないのか。

あの、久居が……。


「久居は、あの主人が本当に大事なんだな」

ぽつりとこぼした言葉に、隣のリルが反応する。

「ボク、前に聞いたことあるよ。『久居は、コモノサマが死ねって言ったら死ぬの?』って」

「……お、……お前、なんて質問を……」

おおかた、リルが久居の主人に嫉妬でもしたんだろうが、それにしても質問が極端過ぎる。

いやまあ、どっちが好きかとかいうレベルじゃないのは確かにそうだろうが。

それでも、主従関係にある者に、何でまたそんな究極の質問をするのか。


レイが動揺しているのを知ってか知らずか、リルは、久居の背から視線を外す事なく続けた。

「そしたら、久居にっこり笑って『はい』って言ったよ」

「っ、……そ、そうか……」

「うん」

リルは、治癒が終わるまで、それ以上何も喋らなかった。

ただじっと、久居を見つめるリルとは、レイは一度も目が合わなかった。



回想を終えて、レイは、足元のリルに視線を戻す。

小さな少年は、眠る久居にピッタリと張り付いて、そう簡単に離れそうにない。

別れが間近に迫っているからだろうか。

元から久居にべったりのリルしか知らないレイは、リルが久居と離れて、一体どんな顔をして日々を過ごすのか、全く想像がつかなかった。

「小屋から、布団出してくるか?」

リルが添い寝したところで久居の体を覆えるはずもなく、二人して風邪でもひかれては困る。とレイが小声で提案する。

「まだフリーがいるよ」

というリルの返事に、小屋に向かいかけたレイの足が止まった。


「……え、なんだ。あの中、今二人きりなのか?」

「うん」

「いやいや……、それは流石に入りづらいな……」


引き返したものの、ふと、リルの耳を目にして尋ねる。


「リル、中どうなってるか分かるか?」

「えーと……。とってもいい雰囲気」

「っそんなとこ入れるか!」


しーっ。とリルに今度は半眼で言われて、レイは声を荒げた事を反省する。


しかし、空を見上げれば、日はゆるやかに暮れかかっていた。

最近は、日が暮れ始めてから落ちるまでが日に日に早くなっている。


「俺だけでも、先に夕飯済ませておくか」


普段なら、久居が支度を済ませて皆に夕飯の声をかけている時間だったが、今日の久居を起こす気には、とてもなれない。


「リルも一緒に食べるか?」

聞かれたリルが、ぷるぷると小さく首を振る。

「そうだな、久々だしお姉さんと一緒に食べたいよな」

言われて、リルは嬉しそうにニコッと微笑んだ。

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