37話 再覚醒(6/6)

「久居、久居!」


菰野様が、私の名を呼んでいる。

これは……夢だろうか。


ふ。と久居が目を開くと、そこには心配そうにこちらを覗き込む菰野の顔があった。


――夢では、無かった……。


菰野が生きている。

生きて、自分に話しかけてくれている。

久居はどうしようもない幸福感に胸がいっぱいになった。

泣きはらしたような顔。

私が、心配させてしまったのだろうか。


「菰野様……」


まだ意識の半分ほどが夢の中の、ぼんやりとしたままの久居が、菰野に真っ直ぐ手を伸ばす。

頬に指が触れる前に、菰野はその手をぎゅっと握ると、申し訳なさそうに言った。

「起こしてごめん。久居、来てくれるか」

「はい?」

久居は起き上がり、状況を確認する。

どのくらい寝てしまっていたのか、辺りはすっかり暗く――暗く!?

久居は一瞬で問題を理解すると、尋ねた。

「レイは!?」

「こっちだよ」

リルの声に小屋に駆け込むと、奥の部屋に置かれた四つの水晶球に囲まれて、真っ青な顔のレイが蹲っていた。


「……どうしてこんな事に……」


話せそうにないレイに代わって、リルが説明する。

「えっとね、レイがずっと、フリー達に遠慮してて、なかなか小屋に入らなくて。

でもガタガタ震え出したから、ボクが無理矢理入れたの」


「それはどのくらい前の話ですか」

「ちょっと前」

久居が懐中時計を確認する。時刻は日没をとうに過ぎている。


「でも全然震えが止まらなくて、レイは何も言わなくなっちゃうし、心配になって……」


「そうですか。わかりました」


久居が部屋を出るので、リルも慌てて付いてくる。

「久居、どうだ?」

出たところで待ち構えていた、心配顔の菰野とフリーに

「ご心配には及びません、少々お待ちください」と告げると、久居は外の調理場に向かう。

リルはその後をついてきた。

「リル、レイはお茶は飲んでいましたか?」

「うん、飲んでたみたいだよ」

「ありがとうございます」

量が多くなり過ぎないよう、レイが飲んだはずの分を引きつつ、即効性の出る量を計算し直すと、手早く睡眠薬……もとい『ぐっすり眠れるお茶』を用意する。

水を沸騰させるのも、それを飲める温度まで下げるのも、環の力を使えば一瞬だった。


久居は、リルを小屋の外に待たせて、一人で部屋に入る。

「レイ。レイ! 大丈夫ですか!?」

「……っ……」

声をかけ強く肩を揺らすも、小さく息の詰まるような音がしただけで、反応らしい反応は無い。

俯いたままにカタカタと震え続けるレイの顔を、ぐいと強引に引き上げる。

目は閉じていなかった。瞳孔は完全に開いてしまっている。

目の前で手を振るも、全く反応は無い。


自力で飲んでもらうのは難しそうだ。


指の一、二本でも切り落とせば意識が戻るかも知れないとは思うが、せっかく綺麗にしたばかりのこの部屋を、また血で汚すのは忍びない。


久居にとって、闇に対する恐怖というのはあまり理解できないものだったが、前後不覚になるほどの恐怖というのは、相当のものに違いなかった。


……まったく、どうしてこんなになるまで痩せ我慢をしたのか。


久居は、いつまで経ってもこちらに気を遣い続ける天使の態度を、僅かに腹立たしく思う。

この男は、私達には遠慮をするなと言う癖に、自分は遠慮ばかりではないか。


菰野とフリーに直接声をかけられないのなら、リルに頼るとか、私を起こすとか、手段はいくらでもあっただろうに。


私が疲れているだろうとか、そんな些細な理由で、こんなになるまで無理をして。

もっと早く、私を起こせばよかったものを……。


久居はお茶の入った腕を手に取り、もう一度レイの顔を見る。

レイは、黙ってさえいれば、整った顔立ちをしていた。

だが今は、金色のたっぷりとした髪の中で、何も映していない露草色の瞳が恐怖に滲んでいる。


「……仕様がない人ですね」


久居は小さくため息をつくと、強制的に腕のお茶を飲ませにかかった。

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