第9話 結晶

「ジゼ」


 いとしい妻に抱き着いて、その名を優しく呼んだ。


「……シーギルハイト? どうしたの?」


 困惑した彼女に構いもしないで、僕は彼女の柔らかな銀髪に顔を埋めた。甘く熟れた林檎のように良い匂い。血の臭いはもうしない。もうさせない。


「シーギルハイト? 苦しい。お腹の子も潰れちゃう」

「ああ、そうだった。ごめんね?」


 つい、いつもの癖で無遠慮に抱きしめてしまったけれども、僕にはいとしいモノが増えた。

 ジゼと僕との愛の結晶。

 ジゼとの間に出来た『愛し子』がふたつ。

 服の上からでも分かるくらいには膨らんだ腹を背後から撫でていたけれども、ふとジゼの眼前に立ってそのまま跪くと大きな腹にキスをする。

 トンっという感触が唇に振動した。


「あ、蹴ったね」

「シーギルハイトが愛を伝えたから、応えたのだと思う」

「ふふ、だと嬉しいなぁ」


 いとしい。いとしいね。こんなにも愛しい存在を、僕は見付けた。

 キミを見捨てた僕を。忌み嫌っていた行為をして作った子供を、ジゼは丸ごと愛してくれた。

 それだけで、もう幸せで。

 きっと、この幸せは永遠と続くのだと、確かにこの時は確信していた。

 神が何故、ジゼを『殺せ』とあの人間に言ったのか。

 僕達の愛し子の片割れを愛し――そしてのちに殺した天使は語った。


 『彼女は欠陥品共の母だ』と。


 僕達はまだ何も知らない。知らないままに、幸せを噛み締めていた。


「ねぇ、ジゼ?」

「なぁに?」

「子供が生まれたら、何をしようか」

「少し、気が早いわ」


 ジゼに諭されて僕は苦笑した。


「こんなに長く生きているのに、待ち遠しいなんて不思議な気分」

「シーギルハイトが楽しみにしてくれて、私も、きっと子供達も嬉しい」


 ふんわりと優しく笑ったジゼに、僕は堪らず彼女のアメジストのような綺麗な瞳を見つめながら、その桃色の唇にキスをした。

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