第5話 青目
――それは新月の夜のことだった。
草木も眠るような時間、青目の悪魔と話した時に感じた胸糞加減が一気に最高潮を突破したのは。
「ねぇ? どうしてキミはそんな愚かしい真似をするの?」
「止めんのかァ?」
「ただの興味本位だよ」
青目の悪魔は今さっき司祭に穢された少女をまるで大事な宝物にでも触れているかのように抱き締めながら、挑発するように笑う。
その足元にはその少女を嬲るように抱いた男の無残な亡骸。
青目の悪魔はその肉塊に腕を向けるとそのまま肉塊を燃やした。
綺麗さっぱり消えてしまったモノに一瞥くれてから、すぐに興味を失ったとばかりに青目の悪魔に視線を向けた。
「もしかしてきみ、――焼かれちゃったの?」
「かも知れねェなァ……。どうしてだか分かんねェけど、こいつが他の男に穢されんの見ると虫唾が走るし、こいつが生きることを諦めたの見続けるのも、もうイヤなんだわ」
青目の悪魔はそう言うと、僕に頭を下げた。
「何の真似?」
「お前、執事付きってことは、相当高位の悪魔だろ」
「きみに比べたら、そうかもねぇ?」
「頼みがある」
「別に良いけど……もしかしてタダでその『頼み』とやらを聞いて欲しいなんて言わないよね?」
「悪魔として生まれた誇りとして、それはしねェ」
「じゃあ、きみは僕に何をくれるの?」
別段、それがどんな望みであってもタダで叶えてあげたって良かった。
僕より下位の悪魔に、僕の欲しいモノを渡せるとは思ってなかったから。
彼はふっと口角を上げる。それはまるで、――まるで人間のような表情で。
僕には出来ないその顔に、一瞬怯んでしまった。
「俺は、俺しか持ってるモンがねェから、全部お前にくれてやるよ」
「……悪魔が悪魔のしもべになる気? きみだって決して力だけを見れば下位の悪魔じゃないだろうに、どうして?」
「これから俺がやることを見たら、嫌でも俺は力以外でも下位の悪魔として見られるだろォよ」
「……きみ、まさか契約破棄でもしようとしてるの?」
それは疑問であって、確信ではなかった。けれども彼は動じなかったから、つまりはそういうことだろう。
人間と交わした契約の破棄は悪魔側からも出来る。
そんなことするのは、下位の悪魔くらいだけれども。
上位の悪魔はそれがどんなにくだらない願いでも、契約でも、魂の色が美しく濁っていく様を見る為だけに付き従う。
――まるで従順な犬のように。
そうして濁りきって闇に染まった魂を美味しく頂いたり、魂が消滅するまで奴隷として扱う。
簡単に言えば、そこそこの地位に居る悪魔は美しく穢れのない魂と契約をする為に契約破棄なんて馬鹿げた真似は滅多にしないのだ。
「そこまでしてあげる程なの? 魂が焼かれるっていうのは」
「さァ? どうなンだろうなァ? ナニせ魂が焼かれるなんてのは、生まれてからこの方、初めてなモンでな」
「それを教えてくれたら、別にきみの魂なんて要らないんだけど……」
「コレばっかりは、自分で理解するしかねェと思うゼ」
にっかりと、悪魔には似つかわしくない太陽のように笑った青目の悪魔。
「知りたいという欲は確かにあるけれど、そんなことはきっと起きないよ」
「分からねェぜ? 長い生の中で、ナニが起きるかなんて、さ」
その言葉に僕は失望したと言わんばかりに溜め息を吐いて、その場で契約破棄を行った青目の悪魔の魂を握り潰すように燃やした。
彼は最期まで太陽のように笑いながら、熱さなんて感じていないかのように契約者たる少女を抱いて離さない。
青目の悪魔が消えた後、彼の契約者だった少女は事切れたように吐息を止めた。
いや、ように、じゃない。事切れたのだ。
今まで彼女が生きていたのは『悪魔と契約』していたから。
悪魔が居なくなれば、契約していた人間はその魂を悪魔に捧げるように心臓を止める。赤毛の魔女の魂は契約していた悪魔が居なくなったことにより天に昇った。神の元へと還ったのだ。
「悪魔であるきみと共に歩む道はないと分かっていただろうに。本当に意味が分からないなぁ」
彼女達は『魔女』だけれども、どれだけその魂が堕ちようと彼女達の高潔な美しい魂は神に好まれる。その命の雫を完璧に失えば天へと還れるのだ。
それくらい、きみだって分かっていただろうに。
まあ、同じ人間とはいえ、青目の悪魔に殺された醜悪な魂を持った人間は、天界の門の前に立つことすら許されず地獄逝きだろうけれども。
「きみのこと、結構気に入ってたんだけどなぁ」
嘘のような、本当のような。そんな言葉を吐きながら、僕の手の中にある青目の悪魔の魂を握り潰した。
燃えカスには目もくれず、興味も失せたとばかりに自身の契約者である魔女を見た。
この娘もまた、僕から見たら愚かで馬鹿馬鹿しい娘なんだよなぁ。
「僕は消えるつもりはないからね」
虚ろな瞳を見せながらも、その魂の色は未だ澄んだように美しく。
僕は彼女と契約してからずっと、いつ彼女の魂が美しく濁るのだろうと、その色を失わない綺麗な紫の瞳はどんな闇を見せるのだろうと。
そんなことばかり考えていたのに。
彼女はどんなことがあっても闇の中に堕ちては来ない。
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