第4話 残酷


 現実は悪魔にだって時には残酷だ。


 素直に楽しめたのは最初だけ。

 人間の時間で一ヶ月ほど経った今では何もかもが胸糞悪い。

 僕が契約した少女『ジゼ・ガゼット』は、天使が好みそうな長く、きっと陽に透かせばキラキラと輝くのだろう銀髪を煤と埃と血で汚し、宝石のような紫の瞳の瞳孔は天使が忌み嫌う『悪魔の眷属』である証拠として縦に割れていた。

 髪色などは違えど、いや、人間の世界ではジゼの髪色や瞳の色が特別なだけだろうけど。

 この塔の中に捕らえられている少女達はこの国では珍しい真っ赤に燃える赤毛が多いような気がした。

 まるで魔力の度合いを表す『本物』の『魔女』みたいな子達だ。現に魔界に居る魔女は陽が沈みかける時の夕焼けのような毛色が多い。


「本当に貴方様はアホらしいですね」

「きみは本当に言葉を選ばないよね」

「貴方様に私の言葉など何ひとつ響かないのは存じ上げておりますので」


 人間の王が住まう城の最下層。石造りの塔の中に転がっている彼女達は、ジゼと同じように天使が忌み嫌う縦に割れた瞳孔を持っていた。その瞳の先には何も映してはいない。いや、ひとつ確たる色を映してはいるか。


「よもや貴方様が『禁忌の魔女』と関わるなど……」


 嘆かわしいとばかりに頭を振る執事長。僕が仕事を放り出して人間界に下り立ったことに気付いたらしく、珍しく眉を吊り上げて現れたのはついさっきのことだった。

 人間が悪魔と契約を結ぶのは確かに禁忌だ。でも、それだけでは禁忌なんて悪魔からは呼ばれない。

 僕達悪魔との契約に関わった人間――司祭達には『人間兵器』なんて呼ばれている彼女達。

 けれども、僕達悪魔には昔からこう呼ばれている。


 『禁忌の魔女』


 何が禁忌かって?

 人間と契約を結ぶ時、僕達は当たり前だけれども本人の意思を尊重する。だって本人の意思を無視した契約を結ぶのは何も楽しくなんてないし、駆け引きを楽しみたいじゃない?

 もっと言ってしまえば本人の意思を無視した契約を本来僕達は交わすことは出来ない。

 人間を守る為に神が悪魔に課したモノのひとつに含まれた枷だ。

 そんな優しさを見せるくらいなら、この戦争もさっさと終わらせてしまえば良いのにね。


 なんて『イヴ』にしか興味のない狂い神に思ってみたけれども、神はその子らのことなんて気にもしないからこの戦争は神の意志では終わることはないだろう。 

 悪魔と人間の手によって生まれた『禁忌の魔女』達は毎日気を失い、気が狂おうとも、戦争の相手である国の兵士に向けて呪いの言葉を吐かされ続ける。

 その言葉は聞きようによってはまるで神を讃える聖歌のようだ。

 強力な魔法によって強制的に吐かされ続ける聖歌なんてものに、もはや祈りの意味などないけれども。

 ただほんの少し負の感情を言葉に乗せるだけで、彼女達は簡単にその言葉を呪いに変換させてしまうのだから。


「聞いているのですか? シーギルハイト様? 貴方様は……」

「一体何処でたかだか『欠陥品』如きが、こんな威力のある魔法を知ったんだろうなァ」


 執事長が僕に対してのお説教を始めようとしたその瞬間、近くに居た青目の悪魔が僕に話しかけてきた。

 執事長が苛立ったように眼鏡のフレームを上げているが、これ幸いとばかりに僕は青目の悪魔の話に乗っかった。


「さぁ? でもそれを同族相手に使うなんて馬鹿らしいよね」

「……人間って、馬鹿な生き物だよなァ」

「僕の魔女もきみの魔女も、人間として扱われてなんてないけどね」


 肩を竦めてそう言えば、青目の悪魔は微かに笑った。

 彼女達の扱いはまるで使い捨ての道具。酷使され続けてボロ雑巾のよう。

 それでも彼女達はこの戦争が終わるか、悪魔との契約が破棄されるまで、死ぬことはおろか老いることすら許されてはいない。

 悪魔と一度でも契約を交わしてしまえば、それが他者の介入であろうとも、その契約が破棄されるまでどれだけの矢が身体を貫き、臓物が引き裂かれ手足が千切れようと、すぐに再生してしまうのだ。

 そういう契約をあの醜い魂を持った人間達の手によって僕達と交わしている。そこに彼女達の意志があろうと無かろうと関係ない。


「まさに人間の果て無き欲望が生み出した、不死の兵器ってわけだね」


 ハハッと鼻で嗤えば、青目の悪魔は自分の契約者の頭を軽く叩き、そうして何処か遠くを見つめながら言った。


「不死って言っても痛みがないわけじゃないのになァ……」


 青目の悪魔は目を瞑っている赤毛の魔女の頭をべしべしと叩きながら、どこか遠くを見つめていた。

 この悪魔の言う通り、普通の人間ならば死んでいる程の痛みは、彼女達『禁忌の魔女』だって勿論感じている。痛覚は遮断されていないのだ。

 悪魔が『悦ぶように』とは良く言ったもので、本当はあの醜い魂を持った者達が楽しみたいだけだろう。


 夜も深い今の時間は『禁忌の魔女』を嬲るように犯しながら、神の血と人間達の間で呼ばれるワインでも飲んでいるのだろう。

 少女達は犯されている間、轡を噛まされているから「痛い」とも「悔しい」とも「苦しい」とも叫ぶことは出来ない。つまり呪いを吐くことが出来ない。

 死ぬことすらも叶わず、死にたいと願うことすらも諦める程の痛みと屈辱と恥辱を味わいながら生かされ、犯され続け。


 それはもう『人間』として生きていると言うのかな?


 まあ、でも当たり前か。彼女達は『魔女』なのだから。人間として扱われる必要もないのだろう。

 僕はあくまで悪魔で、人間ではない。

 彼女達の痛みなんて分からないし、分かろうとも思わない。

 同情なんて人間的な感情は湧かないし、どれだけ苦しもうが僕が構うことはない。

 僕にとって人間が苦しむ姿もまた愉しい余興なのだから。

 

 だからどうしても理解できなかったんだ。

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