茜色した思い出へ

三題噺トレーニング

茜色した思い出へ

「俺はあなたを撃ちたくない……だから頼む、やめてくれ」

「いいんです、撃ちなさい」

 俺に馬乗りになった彼女は、彼女自身に向けられたレーザーガンのグリップを俺の掌ごと包む。

「やめろぉぉ!」

 俺の絶叫も虚しく、彼女は自分から引き金を引く。ピピュンという軽い音と緑のレーザーが彼女の身体を貫く。彼女が倒れていく刹那、彼女の背後に立っていた男も倒れていくのが見えた。貫通したレーザーに焼かれて死んでしまったらしい。

 その直後、この場にそぐわないファンファーレが高らかに鳴って、合成音のアナウンスが聞こえた。

「おめでとうございます!おめでとうございます!今回のデスロワイヤルの勝者はナルミ様でございます!……」

 ゲームに勝ったことを認識しながら、こんなゲームに勝って最後の1人になって生き延びたって一体何があるっていうのか、そんなことを思った。


***


見渡す限りの明るい草原を抜けると、そこにはとても広い庭があった。庭園と呼ばれるそれは、薔薇やハーブやその他とても美しい草花が至る所に美しく咲き乱れていた。

 俺はその庭に足を踏み入れた。

 女の声が聞こえる。

「あら、お客様でしょうか?」

 女はメイド服を着ていた。この庭園の給仕だろうか。

「俺は、ここには感情があると聞いてきた。だからここへ来た」

 無感動な俺をメイドは屋敷へ招き入れる。

 メイドは自身が葉冥だと名乗った。

 葉冥はいつからか分からないがここにいて使命を持って庭園を守っていること。その使命とは、茜色の思い出を守ること、だという。

「俺も生まれた時、感情はここにあると知らされてやってきた。だからここにいる」

 無感動に口にする俺に、葉冥は突然変顔をしてベロベロバーと叫び出した。

 端正な顔がいきなりギャグを言い始めて俺は驚いて出された紅茶を噴き出しそうになった。

「あら、笑いませんね? こうすると面白いと聞いたのですが」

 たしかに、これは効くかもしれない。


***


 デスゲームに参加することになって、俺はわかるようになったことがあった。結局、信じた奴が裏切られる。

 こんな惑星の片隅で変なレーザー銃で戦わされて、320名余の参加者のうち半数が消えるまで俺はそれに気づくことができなかった。

 所詮は金持ちの道楽のために作られた俺たちだ。自我なんて不要なモノを持たされて戦わされて賭けの対象にされる。

 人間のような心を持ち、人間ではない俺たちだから、精神が壊れて自壊を選んだやつもいた。

 そんな中で葉冥だけは俺を裏切らなかった。

 2人でペアを組んで色々な敵を倒した。


***


 俺は葉冥に付き従ってしばらく働いた。

 とにかくやることがなかったからだ。

 葉冥は本当によく働いた。

 部屋の片付けから庭の整理まで、何でもやったし俺も手伝った。

 葉冥はこうして庭を綺麗にすることで誰かとその茜色した思い出を守っているようだった。


***


「No.19 ナルミ!」

 俺がNo.を呼ばれて席に着くとそこには既に女が座っていた。

 俺があんたはNo.61だろう、と呆れていうと少しバツが悪そうに縮こまっていた。

 これから最後の1人まで殺し合いをするというのに、そんな感情を残したままで大丈夫なのだろうかとこちらが不安になった。

 名前を聞くと彼女は葉冥です、と答えてにっこりと微笑んだ。その時の微笑がずっと忘れられなかった。


***


 1日の最後に葉冥は夕日が沈む様子を見せてくれた。これが茜色の思い出なんですよ、と言って彼女は笑った。

 葉冥は感情をよく表情に表していた。

 以前の彼女では考えられないことだった。

 以前? 以前っていつだ?

 俺の頭の中が混乱していた。

 混乱していたが、葉冥の表情の陰影が陽が落ちて消えるまで俺はずっと眺めていた。


 俺が本当に欲しかった感情はこれだったんだろう。


 そして、その時すべてを思い出した。

 そうだ、俺は殺し合いに勝って、葉冥を生き返らせた。厳密にはパーツを組み直した。記憶は蘇らせられなかった。

 俺は葉冥の死のショックで全てを忘れて彷徨っていたのだ。

 茜色の思い出とは彼女にとっての思い出ではなく、俺にとっての思い出だったのだ。

 ゲームの終わった今、この星で俺と葉冥が生きていければそれでよかった。

 また思い出を作っていければそれでいい。

 庭園を望む夕日を見ながら俺は葉冥の横顔をずっと見ていた。

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