最終話 感情溢れる機械

 「…アフェ…?」

「…一体何を言っているのです?」

 これから私が言うのはもはや感情論と言ってもいい。暴論とも言える。なぜなら理性や理屈なんてなにもないんだから。理系の天才なのに理性やら理屈を捨てている。…自分って本当は天才ではないんじゃないかと思った、最初から…。でもそんな事実なんてどうでもいい。

 「機械には命がないと言いたいの?」

 「そうです。なぜなら人間によって作られた「道具」なのですから。「道具」が異常を起こしていたら誰だって処分します。捨てます」

 確かに誰だってそうする。不必要で言うことを聞かない道具なんていらないと思って捨てるんだろう。…でも…。

 「だからと言って…生命じゃないからという理由だけで正当防衛が成り立たないって不平等なのよ!」

 「それが何か?機械は人間の手によって作られたものです。機械に「生きたい」とか「死にたくない」とか思うはずがありません」

 「エーテルは言った!自分がなぜご主人さまを殺したのかを!話を聞いていると死ぬのが怖かったって察せるはずでしょ!?」

 ストレス発散に使われることが嫌で…死ぬのを回避するために…唯一の方法。死ぬのを回避するためにご主人さまを殺した。ご主人さまがいなければ自動機械はご主人さまはいなくなるけど動くことが出来る。大体、ご主人さまは自動機械と死のうとするからご主人さまがいない自動機械なんてほぼいない。

 「それが…」

 「貴方だって!誰かにストレス発散に使われることなんていやでしょ!逃げたいでしょ!殴られて蹴られて…それを回避する唯一の方法に縋るでしょ!」

 「そうですね。それは「生命」なら…」

 「いい加減分かってよ!貴方も縋るならエーテルだってそれに縋るしかないでしょ!死にたくないってエーテルも思っているのよ!」

 誰だって死ぬのは怖い。人生が終わる瞬間が近くまで来ていると自覚したらもっと怖い。死ぬ未来が見える日々が一番怖い。そして自分の記憶、知識から死を回避する方法を死の間際、必死に考えている。…エーテルの場合それが「ご主人さまの殺害」しかなかった。ご主人さまの命令に逆らうことが出来ない。説得なんて出来ない。このまま殴られ続けて永久停止…つまり死が訪れるくらいなら…と思ったのだろう。

 「…じゃあどうしてアフェは機械に命があると思っているのか?」

 「…!博士…?」

 私の目の前に来たのは研究所の博士…私が助手を担当している人だ。

 「機械は呼吸などの生命活動を全くしない。それなのにどうして命があると思っているのか」

 …そうだ。機械は呼吸なんて普通はしない。食事とかも全くしない…。エーテルが異例だけ。でも機械に命があるという私の「感情論」は変わらない。

 「…私が大事だと思っているからです」

 馬鹿馬鹿しい…だと思われていそうだ。だってさっきも言ったように理屈も理性もない…ただの馬鹿馬鹿しい言葉。…博士の助手が馬鹿馬鹿しい事を言って…博士は恐らく呆れるだろう。…訳がわからない理由…でも…私は…主張を変えない!呆れられても!馬鹿馬鹿しいと思われても!

 「…わからないな。アフェは自分がエーテルのことを大事だと思っているから機械に…命があると思っているのか」

 「…そうです」

 「…馬鹿馬鹿しい…どうしてそう思ったんだ。そんな馬鹿馬鹿しい理論にどうしてたどり着いてしまったんだ」

 やっぱり馬鹿馬鹿しいだと思われていた。

 「…命は生きるという意味もあります。だけど命にはもう一つ意味があります。…それが…いちばん大切なものという意味です」

 誰かが大事にしているのだから命はある。みんな一つぐらいはある。大事にしているもの。大事にしているものは命と同等な価値…いや価値なんて決められないぐらいに大事だと思っているのだから。それを失えば大事にしていた人は深い悲しみを覚えて心に傷を負う。…これはまるで…身内にいる人が死んだシチュエーションと同じだ。…だから…私はエーテルがいなくなったら身内がいなくなる…死んでしまったかのような心の傷を受ける。

 「私はエーテルのことを大事な「子」だと思っています。…誰かが大事に思っているとだけで…それは人と同じ…生命と同じ生命が宿っているんだと思います!」

「…アフェ…」

 理系でも何でもない、ただの感情論。…だけど…この世界、科学だけでは生きていけない。時には科学者でも…理系でも…感情論に縋るしか方法がない時がある。私は今、それを理解できている。私は文学者ではない。文系でもない。

 「…実に馬鹿馬鹿しい理論だ。理屈や理性なんて微塵もないただの妄想」

 「…そうですか。でも私はその理論を変えるつもりはありません。理系の人によってバカバカしく、訳がわからない感情だけで構成された理屈や理性なんてない理論でも私はこれを信じます」

 「…どうしてそこまで信じられる。理屈もない、理性もない…ただの妄想に」

 人間はたまに感情だけで動くことがある。理論で動いていない時がある。感情は人間を動かす最大のエネルギーと成り得る。それは意思も同じ。強い意志さえあれば強い感情と同じように人を動かすことが出来る。たとえどんな状態だったとしても…人はこの2つさえあれば動ける。今の私も同じなのだから、今経験しているのだから、分かる。

 「今の私がそうなのです。今の私がその馬鹿馬鹿しい理論を体現しているのですから。…私のことは私が一番理解しています。だからこそ自分の理論…いえ、自分を信じられるのです」

 「…自分が信じられなくてもか?」

 「…はい!自分が嫌いでも私は自分を信じます!」

 嫌いでも信じないといけない時がある。…私は自分のことが嫌いだ。誰かを殺してしまった自分が嫌いだ。恐らく生涯、私は自分のことが好きになるときなんて訪れないだろう。でも…それでも信じないといけない。私の心を守るためにも…エーテルの「命」を守るためにも。だってエーテルは…。

 ー私の大切な「命」なんだから!ー

 「…感情論だ。私が一番キライな論理…」

 「…そうですか」

 「だけど…アフェ…君の強い瞳に強い感情を感じた。感情を感じる辺り、私も生命の一種なのだ」

 「!」

 「…そしてそれは…エーテルにも感じた」

 「エテル…も…?」

 「…生きるためには仕方がない…か…。…警察官さん…ちょっといいか?」

 博士が警察の方に向いた。

 「…エーテルの殺人は「正当防衛」が成り立つようにしてくれないか」

 「なっ!?ど、どうしてですか!殺人を許せと!?」

 「…「彼女」は生きるために仕方がなく殺人を犯したのだ。死ぬかもしれない状況で自分の身を守るために自らを死の危機にさらしている誰かを殺す…それが「正当防衛」のはずだが?」

 「機械ですよ!?人間に服従するべきの…!」

 「エーテルは「人間に最も近い自動機械」だ。…もはや人間と言ってもいい。それに私達は自動機械を創作したことでモノを大事にする心を見失っていたかもしれない。…誰かが大切にしてそれが生きるために…いや死ぬのを回避するために殺してしまっただけなのだ。…それ以外の理由で殺した場合容赦なく焼却処分する。私が責任を持ってな」

 「うっ…」

 博士が警察を説得してくれている。…お願い、正当防衛が成り立って。

 「…分かりました…自動機械の最高責任者が言うのなら…エーテルの罪は正当防衛として無罪にしましょう…。…しかし今度自分の欲望で殺した場合、焼却処分は免れないとだけ言っておきましょう」

 「…分かった…エテル…誰も…殺さない…」

 不安から解放されたような顔をしているエーテルが言った。私と同じで過去の罪を反省しながらこの世界を楽しく生きていくことになる。

 「それでは…長い間失礼しました」

 「…すまなかったな」

 謝罪の言葉を言い警察と博士は家から出た。…これで…怯えながら生きていくことはないんだ。…これで…安心して暮らせれるんだ…。

 「…アフェ…」

 「エーテル…大丈夫だった?」

 涙ぐむ顔をしたエーテルと目を合わせる。謝罪を言いたいのか、それとも…感謝を言いたいのか。どっちでもいい。けどできれば謝罪はやめてほしいな。私がやった事が否定されるような気がするから。

 「…感謝…ありがとう…」

 「…機械っぽい口調に戻ってしまっているじゃない」

 「あはは…ごめんなさい…今…戻す…」

 笑っている…。涙を流しそうな顔で笑っている。片手にハンカチを準備しておく。泣いたらすぐさま拭けるように。

 「…アフェ…私…役立ずじゃない?」

 「違うよ」

 「私、低スペックなのに…?」

 「違うわよ。エーテルは低スペックではない。私が思う、機械の中で一番の性能をしているから。エーテルは自動機械で唯一無二の性能をしているのだから。高スペックだよ」

 「…本当…?」

 「うん。心からそう思っているよ」

 「…うぅ…」

 エーテルが涙を見せた。前の私なら自動機械が泣くなんてありえない、何かのバグか不具合か?と思っているだろう。でも私はもう命の意味を理解できたから。…もう前の私のような無慈悲な私じゃない。ちゃんと心がわかる…人間になれたのだから。

 「ありが…とう…エテル…頑張る…!」

 「…これからもよろしくね。エーテル」

 「…うん!」

 

 この世に完璧なんてないと思っている。全ての問題が全部解決することもないと思っている。この世には解決されているように見えても必ず見えない問題があると思っている。小さくても、たとえそれが他の人にとってはどうでもいい問題だったとしても。…誰かにとっては「命」に関わる大きな問題なのだから。問題を見つけてまた解決する喜びを分かち合う。…そして新たな問題が生まれそれを解決する。そうやって人間はよろこびあう。世界に存在する「命」と一緒に。私もその瞬間が訪れた時…エーテルと一緒に喜び合う。私の大切な存在で「命」ある「存在」なのだから。

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